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「よっ、忙しそうだねえ」
久々に動いただけだというのに、どうしてよく人に出会うようになるのやら。
嬉しい人間なら大歓迎なのだが、逃げ初めてからすぐ、隣にぬっと現れた大きな影は、動く前に同じ場所にいた、特に会っても嬉しくはならない人間だった。
結城はそいつに一瞥くれてやると、盛大なため息をつく。
「忙しそうだねえじゃねえよ。どうにかしてくれよ」
「無理だねえ」
走っているというのに、のどかな原風景の中を歩いているような調子で返すのは、諸悪の根元であり、魔王であり流離いのフリーターでもある飯田シュウ。
彼はいつものガウンは羽織っているものの、ラフな格好でいる。
「なんで」
「僕も逃げてる」
アンダーソン君に売られちゃったと、飯田シュウは困ったように眉尻を下げて笑った。
「ああ……。そんな気はしてた」
結城の記事に並ぶようにして、シュウの顔がはっきり写った写真が新聞を飾っていたのだ。そりゃあもう、お尋ね者かよとツッコミをしたくなる程に大きく。
「話題の有名人のツーショットだ」
「明日の新聞の一面は僕たちだね」
「全然うれしくねーわ」
現実逃避にふざけたやりとりをしたのち、2人は閉口した。
走りにくそうな革靴の底が地面を叩き、もう壊れてしまいそうなボロい肩掛けの鞄ががさごそと揺れる。
飯田シュウが、小さく息を吸う。
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