第五章 主役は一歩進み、周りに激流しか居ないことに気付く

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 夜はバーに変わる、喫茶店『ブレーメン』。  その切り替え時間に当たる18:00を少し過ぎたあたり。  九条キリヤは、店の隅のテーブルで本を捲っていた。  表紙には『魔術論/ホーン・アダムス著』、現在は1167年なので30年ほど前のもの。学校で借りてきたものである。  本来、この時間は切り替え準備時間であり、店のドアノブにはcloseの文字かかっているが、九条が追い出されることはない。  彼は常連であり、何もしていないように見えて実は手伝っているからである。  店の店主が、九条のテーブルに水の入ったグラスを置いた。 「また、難しそうなものを読んでますね」  九条は顔を上げ、笑顔を向けた。 「結構面白いんです。この人の本は切り口が斬新で」  因みに5年ほどこの店に通っているのだが、九条は店主の名前をはっきりとは覚えていない。互いに自己紹介もしていない為、しょうもない。  最も、繁華街の飲み屋のカウンターで豪快に笑っていそうな風貌の癖に、アットホームにふるまうこともない、店主のそのスタンスが気に入って通っているのではあるが。 「ホーン・アダムス……初級校の教科書に載ってましたかね」  なにやら、懐かしいものを見るようにその表紙を見、「ごゆっくり」という言葉を残して、店主はカウンターへと戻って行った。  この店、つまり現在地は『バラナル』という国である。学校もこの国。ユウトが居る館へ行くには国境をまたがなければならない。  天井で大きなファンがゆっくりと回る。あれは、ファンの意味をなしていない。  九条はまた、本に視線を落とした。
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