4人が本棚に入れています
本棚に追加
魔法使いは誰も足を踏み入れられない山奥の小屋にいた。若商人の妹は6歳だった。
若商人の妹は自分がどこにいるのかもわかっていなかった。言葉もわからず、声の出し方もわからない。
「お前はそれでいいんだ。言葉を理解できなくともこの世の理は理解できている。これから魔法使いにお前はなるんだ」
これから魔法使いにお前はなるんだ。
その言葉に若商人の妹はすこしだけ反応し、魔法使いを見つめた。
魔法使いのいる山奥は桃源郷と呼ばれる場所だった。陽が落ちず、昼夜の区別はなく、自然がすべて輝いていた。またここにいればお腹が減らず、食べ物を必要としなかった。
それでいてたわわに実のなる木がたくさんあり、見るだけで味がわかるという不思議な場所だった。
魔法使いは新たな魔法使いに直接何かを教えることはしなかった。
魔法使いは毎日、岩場に座り、目を閉じていた。
最初こそ若商人の妹は辺りを見て回っていたが、やがて魔法使いの隣で同じように目を閉じ、じっとするようになった。
それが魔法使いになるためのすべてであった。
すべて満たされた場所、桃源郷では求めるものなどない。
求める必要のないそのままの姿勢、ただ目を閉じ、じっと座ることこそが魔法使いの秘訣なのだと魔法使いを見て、若商人の妹は気がついたのだ。
気づけば何日もそうしていた。何日でもそうしていられた。
ある日、魔法使いは隣にいなくなっていた。
魔法使いは旅に出たのだと若商人の妹は知っていた。
最初のコメントを投稿しよう!