若商人とちいさな魔法使い

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魔法使いは誰も足を踏み入れられない山奥の小屋にいた。若商人の妹は6歳だった。 若商人の妹は自分がどこにいるのかもわかっていなかった。言葉もわからず、声の出し方もわからない。 「お前はそれでいいんだ。言葉を理解できなくともこの世の理は理解できている。これから魔法使いにお前はなるんだ」 これから魔法使いにお前はなるんだ。 その言葉に若商人の妹はすこしだけ反応し、魔法使いを見つめた。 魔法使いのいる山奥は桃源郷と呼ばれる場所だった。陽が落ちず、昼夜の区別はなく、自然がすべて輝いていた。またここにいればお腹が減らず、食べ物を必要としなかった。 それでいてたわわに実のなる木がたくさんあり、見るだけで味がわかるという不思議な場所だった。 魔法使いは新たな魔法使いに直接何かを教えることはしなかった。 魔法使いは毎日、岩場に座り、目を閉じていた。 最初こそ若商人の妹は辺りを見て回っていたが、やがて魔法使いの隣で同じように目を閉じ、じっとするようになった。 それが魔法使いになるためのすべてであった。 すべて満たされた場所、桃源郷では求めるものなどない。 求める必要のないそのままの姿勢、ただ目を閉じ、じっと座ることこそが魔法使いの秘訣なのだと魔法使いを見て、若商人の妹は気がついたのだ。 気づけば何日もそうしていた。何日でもそうしていられた。 ある日、魔法使いは隣にいなくなっていた。 魔法使いは旅に出たのだと若商人の妹は知っていた。
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