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「……さちこさんは俺の婚約者だった人なんだ。子供の頃に家同士が決めていた」
えっ。
「そうだな……少なくとも俺は嫌いじゃなかった」
じゃあ、龍一郎さんはさちこさんを好きだったってこと?
不安が胸に広がってく。
「言い訳はしない。だが、俺は真由に出会って恋を知った。だから」
すっ、わたしの溢れてくる涙を龍一郎さんの指が払う。
「婚約は白紙にした。その後、さちこさんは兄と婚約をした。……俺は彼女を傷つけたんだ」
だから、彼女が幸せでいてくれたらと願った。
素敵な女性だったから。
「俺はおまえだけが欲しかった。歳が違っても、周りが反対しても。婚約を白紙にしても。」
一生懸命告げてくれる。
そんな龍一郎さんを酷い人なんて思えない。
首を横に振った。
龍一郎さんとさちこさんには何もなかった。
それだけでいい。
龍一郎さんがわたしの頬を包んだ。
「俺は誰かを傷つけても、真由だけが欲しかったんだ」
降ってきた甘い声がくちびるに触れた───
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