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「あ、あと二段」
一滴の水を求めて砂漠をさまよう旅人のように。
「一段……」
手すりにつかまりながら、残り少ないエネルギーで必死に階段を下りる。
「ふう、疲れた」
踊り場で小休止。
「葵の奴、三段飛ばしで駆け下りやがって。風でスカートがめくれるとか、ちょっとは気にしろよ。別に見たくもねーけどな」
勘違いしてもらっては困るが、俺と葵は恋人でもなんでもない。
ただの腐れ縁だ。
小学校の頃はあいつが俺に片思いを抱いていたらしく、俺に告白したことがあるらしい(お互い記憶にない)。
だが当時の俺は恋愛に無頓着で、うやむやに終わってしまった。
中学生になってからは今度は逆に俺があいつのことを意識していた。
告白してはみたものの、あいつはあいつで別の学校に通う先輩にお熱をあげていて、俺は箸にも棒にもかからなかった。
そうした紆余曲折を経て、今ではお互いに恋愛感情とか異性だとかは気にせず、腐れ縁と足の引っ張り合い、怠惰の共犯者という固~い絆で結ばれている。
「二階に到着。よし、この調子ならたどり着けるぞ、食堂という名のオアシスに!」
二階、職員室前。
ここでは休息をとることはできない。
面倒な先生どもに絡まれる危険性があるからだ。
早く下りなければ、砂漠の幻魔(担任の数学教師)に魂を刈られてしまう。
「おい、どうしたんだよ?」
目の前には、先を行っていたはずの葵がいた。
「牛丼定食を食うんじゃなかったのかよ?」
返事がない。
箱立葵は硬直していた。
「おーい」
そう言えばこいつ、数学で赤点をとってたな。
まさか、担任という名の幻魔に魂を刈り取られてしまったのか?
「九武、協力して」
「へ?」
葵はいきなり俺に掴みかかか、肩を揺らしてきた。
「だ・か・ら・協力しなさい。あたしの新しい恋に!」
鯉だか鮎だか知らないが、また面倒臭いことを吹っかけられてしまったぜ。
俺のエネルギー残量はゼロだというのによ。
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