新入部員が俺の願い

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「真面目なんだろうなぁ」  そう言って机の上にあるノートを凝視したあと、顔を上げて視線を宙に舞わせながら「はぁ…」と深いため息をついた。  それはもう、明らかな呆れ顔で。 「な、なんだよ」 「……で、この話はどのくらいの長さの予定で書いてるの?」 「えーっと、本にしたら42冊くらいだけど?」 「ちょっと長すぎない?」 「えっ、そうか?」 「というか、私が言いたいのは、もうちょっと内容をまとめた方が──」 「いや、ドラ〇ンボールと同じくらいだから大丈夫だろ?」 「だから、それ基準にする作品を間違えてるのっ!!」 「えぇ!?」 「自覚なかったの!?」 「えー、まあ、そんな細かいことはいいや。それよりさ、ここの――」 「あ......うん、まぁ自由だし、いっか」  由奈はそう言った後、俺の話に耳を傾けながら机のノートへもう一度視線を落とした。  よし、ここは俺の真剣さと熱意が伝わったのだろう。決して諦められたわけじゃない。そう考えることにしよう。  真実とは己で切り拓くものなのです。  由奈から意見が欲しい所の説明を終え、ノートへ一点集中だった俺の視野が元の範囲にまで広がる。  そこで初めて気がついた。  二人の顔の近さに。  目の前にはやや真剣気味な眼差しでノートを見つめる由奈。  かすかに甘い香りを感じる。  女の子特有の……  ではなく、柔軟剤っぽいけど。  最近はあまり意識しないものの、明らかにこの距離は近すぎるのだろう。 由奈が入部当初は2人で部室にいるのも、ちょっとは緊張感があったんだけどな......。  ――窓から入る柔らかな春の陽光が教室を照らし、この広過ぎる空間には、2人の話し声だけが響く。 2人の距離は近く、時折お互いの吐息を感じられるほどだった。 不自然なほどに静かな廊下。 秒針の音さえも、2人の邪魔をしようとはしなかった。 それはまるで、2人が作る小さな世界を置いて、 外界の時が止まってしまったかのように――  今でも場面だけを切り取って見れば、十分な程に甘美な青春を謳歌できるんだろうけど…… 「眠くなってきたー」 「…………」  どうやら、期待するだけ無駄みたいだ。
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