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「うっせぇな。もう店開いてんだぞ」
悲惨すぎる二人の絶叫を聞いて、ある男が裏から顔を出して言った。彼の名前はクレア。このバーで住み込みで雇われている下働き。
「だ、だって、クレア!!月詩が!!月詩がぁ!!」
「はぁ?コイツが何だよ」
眉を潜め、怪訝そうに月詩を見つめるが彼の様子はいつもと変わらない。そんなに騒ぐ程の一大事が起きたとは到底思えないのだ。
しかし政宗は立ち上がり、涙目になりながら叫んだ。
「月詩が女作るって!!」
次の瞬間、うわぁっとカウンターに伏せる政宗と息を詰めて信じられないと言わんばかりに大きく広げた目で月詩をとらえながら2、3歩後ろに下がるクレア。
「えっ………嘘…だろ……」
「嘘じゃねぇし女でもねぇ。つか、フラれる確率のが高ぇよ」
「お前が落とせない奴がまだこの世にいたなんて」
「俺を何だと思ってんだ」
驚愕する一同にため息をつく。
が、一同は口を揃えて言った。
「「「………タラシ」」」
月詩はヒクヒクと口元を震わせながら怒りに耐えた。一人に言われるのならまだ笑って流せたのかもしれない。しかし、3人全員にここまで口先を揃えて言われるとやり場のない怒りが込み上げてくるものだ。
「わー。すげー傷付いた」
「嘘付きね。で?アンタが落とせないっていうその子はどんな子なの?白状なさい」
小さく主張をした彼に構うことなく話題は変えられた。
こんな扱いにはもう慣れっこの月詩も気にすることなく嫌々ながらも話を進める。
「……話したことなかったかな。幼なじみなんだけど」
「まー!!」
「幼なじみ!?」
一言毎に何かと突っ込まれ、中々話が進まない。
どうしようかと彼が困っているとタイミング良く鈴の音と共にドアが開く。
「いらっしゃいませ」
その瞬間、マスターも仕事モードだ。その凛々しい姿はさっきまでだらけていたのが嘘のように思える。
客が入ればもうこっちのものだと確信した彼に悲劇が襲った。
「おぉ!月詩!久しぶりだな!」
常連客だった。
あぁ、もう駄目だ。常連客相手じゃマスターはまただらけてしまう。
面倒くささが拭いきれないまま、月詩はその想い人の話をさせられる羽目になるのだった。
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