Ⅰ 貴方は血を流す猫に会います。

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 足元延々と続く赤茶の街道を、無骨な靴で闊歩する人影は、男女の区別すらつきにくい曖昧な存在。  【パロウベク】で今流行っている、有名ブランド【Mei-bbi】の限定品である猫耳がついた黒いパーカーを着ている人影は、幼さの残る顔つきをフードでしっかり覆っていた。ほりは深くなく、可愛らしいと表す方が適切な顔立ち。大きな二重の瞳はワインレッドで、グラスから溢したワインが玉になったようにくるりとしている。  葡萄の粒のように可愛い瞳を、白髪が深く隠して陰鬱に見せてしまうのが唯一空しい。深く被られたフードから覗く左耳の上部には黒色のピアスが差し込まれ、一見大人しそうな彼に威圧感を与えている。  故に一人街を歩く彼に声をかけてくるものは、一人とて存在しない。  ただ一人、そんな彼に手を引かれて赤子のように頼りなく歩く少年を除けば、だが。  明らかに彼とは関わりあいの無い貴族の格好をした少年。薄汚い平民に手を引かれるほど少年が困っている理由は一重に、街で迷ったのだ。  つまり、迷子。  泣き腫らした瞳を強情にも凛々しくさせて見つめてきた少年に、男女不明の人影は無言のまま延々歩きながら次のリアクションを待っていた。  というのも、人影がこの少年に言われたのは「俺様を送り届けろ!」だけで、どこにつれていけばいいのかさっぱりなのだ。 「おいお前。名はなんと言う」  涙声になりながら問い掛けてきた貴族の少年に、青年はワインレッドの瞳を向ける。ぎょろりと動いた瞳に恐れをなしたのか、少年の歩みが少し遅くなった。 「ガブリエル」  答えたところでどうせ覚えないだろうな、と思いつつも、ワインレッドの瞳を持つ青年……ガブリエルは答えた。が、ガブリエルの予想は大きく外れる。 「ガブリエル、か。薄汚き者にしては良い名だ。さぁ、俺様を早く家に返せ!」  君は名乗らないのか。  喉元まででかかった悪態を飲み込み、ガブリエルはため息をつきたくなる。勿論堪えたが。  名前を名乗らないことから察するに、彼は本物の貴族だ。親から名乗らないように言われているのだろう。と言うのも、貴族は王族から与えられた苗字を持っているからだ。苗字を名乗るということは即ち貴族。先程の会話から推測してまだ一般常識をあまり知らない彼が、時と場合を分けて名乗り方を変えるのは不可能だろうから。
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