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「内緒」
間髪入れずに答えたガブリエルに、何故だと少年は喚く。が、教える気がないものはないのだ。喚いて拳を振り回す少年の頭を押さえてしまえば、体格的に届くことはない。手が痛いが。
「では、次に会ったときには教えるのだ。良いな」
「…………まぁ、いいよ」
果たして次などあるのか。多分、無い。それに、貴族の子供が平凡な一般民との約束を覚えているなど、思えなかった。
どうせ果たされない約束。
だがもし会うことがあれば教えてやろう。知ったところで空しくなるだけの定義を。
「そうだ。ガブリエルと会う前に見つけたのだが、くれてやろう。俺様が持っていても没収されてしまうからな」
お腹辺りに押し付けられたのは、若者向けの雑誌。しかも昨日発売の最新版だが、外見は無惨だ。昨晩の雨のせいか、水を吸ってぶくぶくに膨れ上がっている表紙は、モデルが壊れて肥りきってしまったよう。
そんなガラクタと称すべき雑紙を押し付け、手首がもげてしまうのでは無いかと危惧したくなるほど強く手を振ると、少年はスーツ姿の男達に駆け寄る。
坊っちゃん、と言う声が耳に届く。ガブリエルは感動の再会を見終わる前に背を向けた。
ガブリエルにはもう、帰るべき場所がない。故に見ても辛くなると、悟っているから。
それにしても酷く時間を食ってしまった。一時間は犠牲になった尊き時間に冥福を捧げてから、本来の目的の場へと歩を進める。
目的の場所へ向かう最中、早起きな人間達と夜更かししたヴァンパイア達に擦れ違う。
どちらの種族であろうと、若い年代に特徴的なのは皆が【Mei-bbi】ブランドの服をどこかに着ていること。
数年前から流行り始めた独創的なファッションは若者の好みを掴み、また一つのジャンルに固執しない多様さと柔軟性から幅広く愛されている。
……と、水脹れにかかっている雑誌が教えてくれた。
雑誌の表紙には【Mei-bbi特集】【王都に忍び寄るダンピール五人組、主犯は人間か?】【連続殺人鬼ファウストの正体に迫る!】等々の文字が並んでいたが、雑誌がよれているせいで【Mei-bbi特集】しかよく見えなかった。
仕方ないので【Mei-bbi】の特集記事を見ていると、ブランドの服を着た青年の顔写真が載っている。
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