Ⅰ 貴方は血を流す猫に会います。

8/33
前へ
/50ページ
次へ
 雑誌に記載されている名はメイメイ。写真の中に写る人物は、とてもビジネスを経営しているとは思えない幼い顔つきの茶髪の青年。種族は人間、と記載されている。  自身も好むブランドの説明を読み耽っていると、目的の場所を通り過ぎかけていた。ふと目を逸らした先にかかっている看板が目に入り、ガブリエルは立ち止まった。  看板に掲げられている名前は【Schwarz-Traum Bar】。バーと言うだけあって酒場であり、明け方に来るにはおかしい場所だ。勿論バーには【閉店】の文字が掛かっている。  しかしガブリエルは雑誌を脇に抱えると、迷うことなくバーの扉を開いて中に入った。  扉に備え付けられた鐘が揺れ、鐘の音が静寂な店の中に鳴り響く。幾つかの丸テーブルが並び、机の上にはまだ飲み残しの入っている硝子コップが倒されたり割られたりと悲惨な形で残っていた。  アンティークかつモダンな、現代と過去の交差点とでも言うべき店の中。一番目立つアルコール瓶が並んだカウンターの奥の扉が開き、人影が現れた。壊れた食器などを片付けるためなのか、箒とバケツを抱えている。 「お客さん……? ってあぁ、お前か」  中年とまでは行かないが、若者からは卒業した風貌の男。珈琲豆を挽いた粉で汚れたウエストエプロンをつけたバーテンダーだ。  この王都にガブリエルと仲間がきてから約一週間たっているが、顔馴染みなだけで名は知らない。彼もガブリエルの名を知らないし、その素性も知らない。  ただガブリエルが場所を要求し、その見返りとして対価を渡した。それだけの関係であり、互いに干渉はない。  ガブリエルは近くの机の上においてあった瓶に残っている水を飲み干すと、バーテンダーの横を通りすぎて地下へ向かう。  人一人が漸く通れるような幅しかない階段を降りると、そこには窓のない白い扉がある。扉のノブを回して押すと、明かりが目に入ると共に華やかな音楽が耳に届いた。  部屋の中はランプの灯りで仄かに薄暗いという雰囲気だ。飾りつけがアンティークなこともあり、モダンな雰囲気を含む店頭から訪れると、時代を越えてきたような気がする。  白いサテンのテーブルクロスがかかった木製の机を囲む革張りの大きなソファーと、二人の人影。血が繋がっていると即座に判断できる男女で、年もそこまで違うようには見えない。大人とまではいかないが、子供のあどけなさは卒業した顔つきだ。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加