天衣無縫(テンイムホウ)

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抱き締める力の強さにあたしの身体は自由を奪われた。 「え、で、でも‥‥」 総司さんの胸に押し当てられたせいで、くぐもった声しか出ない。 どんどん遠ざかる左之さん達の呼びかけに応えられないもどかしさと、想いを込めて抱き締めている彼を突き離す事が出来ない複雑な気持ちが交差する。 今すぐ叫べばあたしの声は届いたかも知れないけど、この状態で顔を合わせる勇気は無く‥‥ 「‥‥苦しいよ、もう離して‥‥」 最後の抵抗で発した言葉は情けない程、弱々しく震えていた。 「すみません‥‥」 少しだけ緩まった腕の力にホッとしたのと同時に総司さんは、 「怖がらせてしまいましたね‥‥。私の事、嫌いになりましたか?」 そう言って顔を覗き込んで来た。 「‥‥そんな心配する位なら、こんな事しないで。折角さっきまで真面目に話しを聞いてたのに、全部台無しだよ。」 赤く染まった頬を見られたくなくて、先に路地から脱け出す。 屯所方面へ向かって歩くと、総司さんも後ろから付いて来ていた。 沈黙で押し潰されそうになりながらも、早足で帰路を急ぐ。 だって、もしまた抱き締められたりなんかしたら、この先総司さんと普通に接する事が出来ないと思ったから。 好きとか嫌いとか、そういったややこしい感情をぶつけられても、上手く対処する方法なんて知らない。 恋愛経験は少ないし人付き合いも浅く狭かったあたしのキャパは、とっくに限界を越えてしまっている。 、
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