獣(ケダモノ)の住み家

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「…動くなよ。」 低い声で囁かれながら、硬い胸板に押し当てられた。 着物から香るいい匂いとは別に、開(ハダ)けた肌から土方さんの体温と心臓の音を感じて、体中が熱く火照ってゆく。 「や…だ…離し…て…。」 「ダメだ。雅…お前を離せない。」 今までのあたしの人生の中で、こんなに色っぽくてピンチな事なんて一度も体験した事がなく、どう対応したらいいのかわからなかった。 だけど、それは全部あたしの勘違いだった。 「二つ目は…」 そう言って山崎さんがスタスタと早足で障子に歩いて行くと、 「わっ、こっち来た!」 「逃げろっ!」 慌てた声と走り出した幾つかの足音が聞こえてきた。 障子が開いた時には既に誰の姿もなく、山崎さんがすぐに障子を閉めたら、白い所に三つの穴が開いていた。 「覗いていたのは、私だけではないという事です。」 「…そういう事だ。…あいつら、後で説教だな。」 二人は覗き犯の正体を知ってて余裕ぶっこいているようだけど、あたしにしたら恥の上塗りをしたようなものだよ…。 山崎さんが着物を拾って肩に被せてくれると、土方さんはあたしの体を引き離した。 「すまなかった。あいつらに見られるよりはマシかと思ってな。」 赤くなった顔を背けているうちに、着物の袖に腕を通して後ろを向く。 なんだよ…離せないって紛らわしい事言わないでよね…。 少し腹は立ったけどよくよく考えたら、この人達が好きなのはあたしじゃなくて『平助』って人だった。 自分の自惚れを恥と思い、後ろを向いたまま袴を履き、腰の定位置に刀を戻す。 、
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