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「チケット、忘れちゃいました?」
耳に優しいテノールの声に、私は慌てて首を横に振る。
「ちゃんと、持ってます――。
すみません、こういうところに来るのはじめてで、ちょっと勝手がわからなくて」
緊張のあまり、早口になってしまう。
「いえ。
どうぞ楽しんでいってくださいね」
私からチケットを受け取ったナツさんは、僅かにその綺麗な顔を歪めた。
きょとんとしている私に、半券を返してくれる。
そうして、私が歩き出してからスタッフさんに声をかけていた。
「きっと、迷い猫でも助けてたんだよ。
そろそろ、来てるんじゃないかな?
確認しておいで」
「――は、はい。
わかりました」
半信半疑ながらもそう答え、スタッフさんはまた走っていく。
私はそんなやりとりを目の端でぼんやり見ながらも、ドキドキしながら、生まれて初めて劇場へと足を踏み入れていた。
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