1.

8/12
前へ
/214ページ
次へ
「チケット、忘れちゃいました?」  耳に優しいテノールの声に、私は慌てて首を横に振る。 「ちゃんと、持ってます――。  すみません、こういうところに来るのはじめてで、ちょっと勝手がわからなくて」  緊張のあまり、早口になってしまう。 「いえ。  どうぞ楽しんでいってくださいね」  私からチケットを受け取ったナツさんは、僅かにその綺麗な顔を歪めた。  きょとんとしている私に、半券を返してくれる。  そうして、私が歩き出してからスタッフさんに声をかけていた。 「きっと、迷い猫でも助けてたんだよ。  そろそろ、来てるんじゃないかな?  確認しておいで」 「――は、はい。  わかりました」  半信半疑ながらもそう答え、スタッフさんはまた走っていく。  私はそんなやりとりを目の端でぼんやり見ながらも、ドキドキしながら、生まれて初めて劇場へと足を踏み入れていた。
/214ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1832人が本棚に入れています
本棚に追加