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 そんなに広くない会場に、観客は七割くらい。  お芝居なんて、文化祭の劇くらいしか見たことがない私は、むせ返るような香水やお化粧の匂いと、まるでライブが始まる前にも似た独特の高揚感にのまれそうになっていた。  しかし、劇が始まった途端に、そんなすべての雑多なことがどうでも良くなった。 ――だって、そこに出てきたのはさっき私を助けてくれたあのオールバックの彼だったんだもの――  きゃぁ、と、幾人かが黄色い歓声をあげた。  もちろん、芝居の邪魔にならないようにそれはすぐに引いて行ったけれど。  そりゃ、さっきここの会場の入り口で周りの人が色めくわけだよね。この劇団の主役級の俳優さんなんだもの。  他の役者さんとは違うオーラが見えるのは、容姿のせいか、メイクのせいか、はたまた私の思い込みなのか。最初から最後まで、彼が舞台に出ている間中、目が離せなくて、お芝居が終わるころには、私まで周りの人と一緒に黄色い歓声をあげている始末だった。 『ヒョウさまー』という歓声が飛んでいるところから推察するに、彼は『ヒョウ』という名前なんだわ。  そういえば、劇場に入るとき、チケットを切ってくれたお兄さんも『ヒョウ』って言ってたところをみると……つまり、彼がこの劇団の『主宰』ということなのかしら?  黄色い歓声には全く興味がないかのように、目も向けず飄々としている。  それでもカーテンコールの時その視線を確かに一瞬私に向けた。  一人で勝手に帰るなよ、と、その形の良い黒い瞳に言われた気がして私は、観客皆が出て行った後も席に座り込んでいた。
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