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「お客様、どうかなさいましたか?」  声を掛けられてはっと気づく。  顔を向けると、ナツさんがにこやかに笑いかけてきた。 「――あ、いえ、その――」  なんて言ったらいいのかしら。  今日会ったことをとっさに全部説明するわけにもいかず、私は思わず口籠る。  そうして、ゆるゆると立ち上がった。 「すみません。初めてお芝居を拝見させていただいて――圧倒されてしまいました」 「そうでしたか。  お具合が悪いのでなければいよのですが」 「ええ、大丈夫です。  ご心配おかけしてすみません」 ――そうだよね。  主役級の俳優さんが本当に送ってくれるわけないよね。  きっと、さっきの視線は私の感じた妄想に違いない。  どこか、ビジネスホテルでも探さなきゃ。  考えながら、歩き出そうとしたその時。
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