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「――っ、あぁあん。
まーくん、もっと」
まだ明るい時間。
リビングから聞こえてくる、湿った喘ぎ声が無防備な耳に飛び込んできて学校から帰宅したばかりに私の背中はぞわりと泡立った。
こらえきれずに洗面所に駆け込んで吐くと、足音を立てないように自室に走ってまずはイヤフォンを耳に突っ込む。大音量でロックを掛けながら、制服を脱ぎ捨て一番大人っぽく見える服に着替えた。
大人びて見えるようなメイクを施し、財布と通帳とお守り代わりにしていたあれと、それから最低限必要だと思えるものだけをバッグに詰め込む。
玄関まで来て、母の真っ赤なパンプスの隣に脱ぎ散らかしてある、見たこともない男物の薄汚れた革靴にようやく気付いた。
帰宅した時にもっと注意深く見るべきだったのだ。
この靴が、当の昔に蒸発した父の靴ってことは、まずないよね。
もう、失踪宣告しちゃってるし。
そもそも、「まぁくん」って呼ばれるような名前でもない。
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