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「ふぁあ……」
男は、彼は気だるげにあくびを漏らした。すこし肌寒いそよ風が彼の身体を心地よく吹き抜け、紅葉の一枚を置き土産のように残していく。
大きな紅葉の木の下で、彼は寄りかかるように寝そべっていた。右手に輝く銀色の指輪は彼の一部のようにすっかり馴染んでしがみついていた。穴の空いたバルーンのように空気の抜けた彼は、太陽に掲げた右手をそのまま頭の上に降ろし新鮮な空気を肺いっぱいに取り込んだ。
もう秋だな、と何気なく呟き、秋風と戯れる紅を見上げながら重たくなってきたまぶたに逆らえず静かに景色を閉じてしまう。
小鳥たちのさえずりが、彼の閉じた世界で優しく奏でられる。それはまるで次の舞台が完成するまでの暗転の闇に流れるクラシックミュージックのようだった。
そしてそのさえずりも聴こえない遠い舞台の幕が上がろうとしたとき、彼の腹部に何かがのしかかったような鈍痛が走った。
「おっとうさん、おーきーてーー」
「あ、あぁ……わかった。起きる、起きるから」
明転された景色には彼の身体にまたがって笑顔を向ける小さな少年が映っていた。我ながら自分の面影を見つけられないその少年は、それでも自分の遺伝子を受け継いだ写し身なのだ。思わず頬を緩めた彼に、再び腹部に鈍痛が走った。
「起きてってばー。あされんはじまりますよー」
「わかった、おきるから、おきるからおかあさんの真似はやめなさい」
そう呟き、ゆっくりと身体を起こす。またがっていた少年はバランスを崩し、こてんと彼の足へと背を落とした。
それが楽しかったのか、少年はえへへっ、笑った。
「さ、て……テントに戻ろうか」
「うんっ!」
マメだらけのゴツゴツした手が少年の脇に滑り込み、高らかと抱えあげる。
そして父の大きな肩に腰かけ、彼とおんなじ風景が揺れながら進み始めた。
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