─クレヨン─

3/4

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
「ねぇ、お箱の中にはもうなにか入れたのかしら」 クレヨンや、テレビヒーローの人形、怪物と一緒にフローリングに転がっているそれを見つけて、彼女は心なしに聞いてみた。 少年は次に使うクレヨンの色を物色しながら、「まだだよー!」と元気よく答える。 あらあら、と笑いながら母は乱雑に放置された箱を取り上げ、手箒でさっさと汚れを落として眺める。 彼女のほっそりとした指に包まれた箱は、振ってみても音はしない。確かに空っぽだった。 幾何学的な模様が彫られた細かいディテールの箱は彼が光の世界へと生まれ落ちた時に祖父から授けられたものだった。なんでも西洋の古い習慣らしいのだが、彼女にも詳しくは分からなかった。 両手で包み込めるほどの小さな箱。まだ空洞のこのなかには今から彼の人生が詰まっていくんだと思うとなんとも言えない高揚が心を踊らせてくれる。彼は今からどんな道を歩んで、どんな風に育ち、どんな人と出会い、どうなるのだろうか。この小さなつむじを見つめながら、彼女はしばし時間旅行に出掛けていた。 「できたー!」 現実に引き戻してくれる元気な声。ふと我に返った彼女は少年を優しく覆い被さるように後ろから手を回し、耳元で笑う。 「あら、なにを描いたのかしら」 少年は子犬のように満面の笑みで「ママー!」と肌色の丸を指差す。 「そしてこれはパパだよー!」 隣の茶色を指差し、母を見上げる。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加