─土の入った小瓶─

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汗と涙まみれの、若い青年達のすすり泣く声が聞こえてくる。自分達に向け流れたけたたましいまでの怒号と鳴り物のBGMはすでに過去の残響として、しかしいつまでも彼の耳にしがみついて離れようとはしなかった。 いや、しがみついているのはぼくの方なのかな。と少年は疲れきった顔を自虐的に歪めた。真っ赤に晴らした瞳に映るのは夕暮れに輝くグラウンド。普段なら校の電気を食らいつくすナイターが、一帯を明るく暗い尽くすところだが今日は彼らを明るく見守ることはない。 なぜなら、彼らの野球はもう終わったんだから。 甲子園を目指してひた走った高校の三年間は……甲子園の門は空くことなく文字どおり幕を閉じた。 監督はあの奥に不思議な光が宿った曇った目を伏せながら、がんばった。と一言だけ呟いた。シワだらけだが力強い手でくしゃくしゃに撫でられたあの感触はいまだになくならず、彼の頭に住み着いたようだった。 後輩達は笑顔で送り出してくれた。もう声なんてでないんだろうに、彼らの為の応援歌で新たな世界への前に足踏みする背中を押してくれた。 来年は、応援にいかなきゃな。と少年は呟いた。 そして今日の自分のように先を恐れてたら手を引いてやろう……少年は笑う。 そして同じ三年間をがむしゃらに走ってきた仲間たち。野球だけの三年間を共に生きぬいた彼ら。甲子園という同じ目標を無くし、またそれぞれ別の目標に突っ走るみんなを、少年はまだ後ろから眺めることしかできなかった。 まだ彼らと一緒に居たかった。一緒に青春を謳歌したかった。 まだ一時は学校でも会えるのに、もう会えなくなるような気がして…… だから少年はここに立っている。
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