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少女の緊張が、触れた繊維越しに伝わってくる。
仄かに血の気の増した薄紅色の肌と、微かに漂う甘い薫り。強張った肌と引き詰めた吐息が、自然と空気を通して伝わってくる。
「ちょっと、クレス……少し痛いわ…………あまり強く擦らないで」
「す、すいません、フォルテ様っ」
か細い声と、まるで借りてきた仔猫のような態度に、慌てながら言葉を返した。
背中に嫌な汗をかきつつ、再び手を這わせる。
どれ程の時間が経ったのだろうか。精神的な疲労具合では数時間も経った気もするが、実際のところは数分も経っていないのだろう。
互いに一言も言葉を発せず、どこか息苦しいままに小さな背中を拭き終えることが出来た。その事にこっそりと安堵の溜め息を吐いていると、今まで黙っていたフォルテ様の声が響く。
「クレスの手……今まで気にして無かったけど、ゴツゴツして固いのね」
「すいません……ずっと剣ばかり振っていたもので」
首が左右に振られた。
「うんん、謝る必要は無いの……だってそれはお母様を護り抜こうと、クレスが今まで頑張ってきたからでしょ?」
左右に凪びいた髪の幻想的な残影に意識を奪われつつ、私は静かに頷いた。
そして自らの手に視線を落とす。
「そうですね……確かにその通りです。強くならねば、護りたいモノを護る事が出来ませんでしたから…………だから私はただ必死になって、剣を振り続けて参りました」
私の言葉にフォルテ様は小さく頷き返し、そして無言のままに、左腕を水平に伸ばした。
これは……背中だけでなく、腕も拭けという意味だろうか?
私は壊れ物でも扱うかのようにその小さき手を取り、慎重にタオルを肌に這わせる。
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