クレス・スタンノートの苦労

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 《Ⅰ》  宝石のように透き通った翡翠色の瞳。利発そうな眼差しを鳥の羽のような柔らかな睫毛が縁取り、天から降り注ぐ陽射しがその処女雪のような頬にうっすらと影を落とす。  齢九つと幼いながら、将来的には母親と同じく絶世の美女となるであろうと容易に想像できる、可愛らしくも美しい造作。  それが今、泣きそうに歪められ、私の目の前で駄々をこねるかのように頭(かぶり)を振られた。  見晴らしの良い平地にある街道の最中、空に浮かぶ太陽は中天をいくらか過ぎた辺りだ。  周囲に人影は無く、ただ緩やかな風が涼しげに吹き抜けるばかり。そんな風と頭の動きに合わせ、柔らかく腰まで届く黄金の髪が、ゆっくりと尾を引いてたなびいた。  本当とそっくりだと――私、クレス・スタンノートは漠然と思い浮かべる。  光輝く瞳や髪も、一目見れば誰の記憶にも無条件に焼き付ける美貌の片鱗も。そして少女――私が仕えし王国の姫君は、50cmも低い位置から私をその宝石のような瞳で貫ぬいては、艶やかな果実のような唇を押し開く。 「クレスッ、私は歩くのに疲れたの! 早く次の街までおぶってちょうだい!」  そう言って栗鼠(りす)の様に、仄かに赤みが差した頬を膨らませた。  本当にそっくりであった。  常々思っていた事ではあったが、こうして近くでまじまじと見詰めると、リージュ・ル=グランスワール・ファン=フォルテ第一王女候補は、その母の幼き頃と瓜二つだ。  外見、そして――内面のワガママなところまで。 「畏まりました、フォルテ様」  フォルテ様に背を向け、腰を落として前屈みとなる。すると直ぐに背中へ微かな重みが加わり、更には細い二つの腕が首に回された。  自分とは違う微かな甘味に似た匂いと、温かな体温。そして気持ち良さそうに、背中から「んん~~」と喉を鳴らす音が耳元をくすぐる。  その様子にコッソリと吐息を溢し、フォルテ様がズリ落ちないように慎重な手つきで腕をまわし、チラリと背後を仰ぐ。 「それでは、出発しますよ」  そう声を掛けると、フォルテ様は「しゅっぱーつ!」と愉しげに腕を振り上げた。  再び嘆息し、前へと向き直り歩き出す。  何故、このような経緯となったのかを振り返りつつ。
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