クレス・スタンノートの苦労

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 《Ⅱ》  グランスワール王国。  そして私の肩書きは『グランスワール王国騎士団・近衛騎士団長クレス・スタンノート』。  いささか仰々しい肩書きが今の私には付いたものだが、実際のところ今も昔も変わった事は無い。  名目上、グランスワール王国が仕える国の名ではあるが、私の役割は『姫君の騎士』、それ以上でもそれ以下でもない。  そう、私の目の前に居る女性を護る事が我が定めであり、私は国に仕える訳ではなく、ただ一人の女性に仕えている。 「あら? クレス、何か考え事?」  最近になってやっと年相応に落ち着きを備えてきた我が主――リージュ・ル=グランスワール・ファン=アルト王女殿下は、小首を傾げて声を掛けてきた。 「いえ、何でもありませんアルト王女殿下」  そう答えると、アルト王女殿下は「そう」と呟き、器に盛られた焼菓子を一つ口へと運んだ。  ここはグランスワール王国の王城の、一部の者しか立ち入る事を許されぬサンテラス。天気の良い昼過ぎのティータイムは、決まってこの場所で過ごすことになっていた。  そして現在、この場所には私とアルト王女殿下の二人だけだ。  知性を称えた翡翠色の双眸に、美しく豪奢な金糸の髪。陶磁器のような肌は透き通るように白く、そして美しい。  既に三十半ばを過ぎ、子供を一人産んだ身でありながら、およそ十年以上も年を取っていないかのように若々しい。そして若い娘のように、どこか悪戯めいた表情を私に向ける。 「クレス、二人っきりのときは、私の事は<アルト>で良いわよ」  艶やかな唇に美しい弧を描き、そう謳うように言葉にした。 「慎んで遠慮させて頂きます、アルト王女殿下」  言葉を返すと、 「あっそ、相変わらず連れないわね」と文句を言いながら唇をとがらせた。そしてツーンと顔を背け、あーだこーだと私に対する嫌味を、わざわざギリギリ聴こえる音量で呟いてくる。  だが、このように二人の時だとどこか幼くなる主君の反応にはもう既に慣れたもので、今では気にも留めなくなってしまった。
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