オキクの復讐

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「青沼、1階の受付にお客さんだぞ。」 「今日は別に約束なかったはずなのに…。」 「石津ミチエさんだって。4階の応接ルームに通すか?」  泰佑のおばあちゃん? 「いえ、私が1階に行きます。」  希久美は意外な訪問者に、胸騒ぎを覚えながら1階の待ち合わせロビーへ降りていった。受付に着くとフロアの隅で不安そうに希久美を待つミチエの姿が見えた。その小さくなった肩には、ロビーで右往左往する大勢の来客に圧倒された心細さが現れていた。緊張しているのか、話し方も以前泰佑の家で会った時とは違ってぎこちない。 「突然おじゃましちゃって。ご迷惑だったですね。」 「いえ…。」 「本当にごめんなさいね。でもこの会社は大きいわね。人が大勢行き来して、なんか東京駅に居るみたい。」 「特にこの受付は、社員の自分も呆れるほど人が多いです。…ところで、今日は?」 「ご相談したいことがあって…。少しお時間をいただけるかしら。」 「ちょうど昼休みですから、お食事でもしますか。」  希久美は、ミチエをシオサイトにある蕎麦屋へ案内した。いつもは満席になる店も、早めの昼なのですぐ座ることができた。 「どうされたんですか?」 「実は、泰佑のことなんですけど…。」  当然そうだよな。希久美は襟を正した。希久美はデートの日以来、泰佑と会っていない。次のプロジェクトの都合で泰佑のオフィスが変わったこともあるが、自分が泰佑にしたことの評価や泰佑への感情が整理できず、みずから連絡をとる事が出来ないでいた。むしろ、防衛本能なのか泰佑に関しての思考を無意識のうちにストップさせていたという表現の方が正しいかもしれない。 「もともと泰佑は仕事を熱心にするほうなんですけど、最近の泰佑の仕事ぶりは度を越していて…。まるで狂ったように仕事をしているんです。毎日帰って来るのも夜明け近くだし。それでいて、朝早くまた出ていくし。食事もろくに取らないから頬がこけちゃって、疲れのせいか目つきも悪くなっているし。少し休んだらと言っても、全然言うことをきかないのです。家じゃろくに話もしないから、わけがわからなくて。このままじゃ泰佑は倒れてしまうんじゃないかと心配しています。」  あいつ馬鹿なことを…。希久美は心の中で、あの夜静かに語った泰佑の話しを思い出していた。 「お付き合い頂いている青沼さんなら事情をご存じかと思って…。」
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