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「ごっ、ごめんなさい。青沼さんのことじゃなくて、一般論でいいんです。こんな質問ができる女性は青沼さんしかいないので…。」
「そうですか、安心しました。それならお答えしますが、残念ながら、女性の本当の想いなんて、男性がどんなことしてもわかるはずありません。」
「そうですか…。」
「女は綿密な計画を練って、相当な執着心を持って想いを隠します。それも無意識にです。自分の家族にもわからないんだから、ましてや他人の男なんかに解りっこありません。」
「ですよね…。」
「がっかりしました?」
「いえ…。」
「でも、人間のやることでもあるから、わずかな証拠を残す時もありますよ。完全犯罪に挑む名探偵のように、そのわずかな証拠を見逃さず、そして解読できれば、もしかしたらわかるかもしれませんね。」
「そうですか…。でもシャーロック・ホームズじゃあるまいし、自分にはできそうにありません。」
ふたりの会話が途切れた。
希久美は、泰佑とシェラトンホテルで別れた日から何日も、モヤモヤとした日々を過ごしていた。そのモヤモヤ感は、日を追うごとに膨らんでいく。この前ミチエと会ったことが、さらに胸のわだかまりを大きいものにしていた。期待もしていないが、泰佑からも連絡が無い。泰佑のオフィスは渋谷の岸記念体育館の中にあるので、偶然に出会う奇跡などあろうはずもない。えっ、今私なんて言った?泰佑に会いたいの?石嶋と食事しながらもそんな自問自答を繰り返していた。今度は希久美が石嶋に問いを発する。
「石嶋さん。質問があるんですが…。」
「はい、なんでしょう。」
「男性が、寝食を忘れ、体を壊すこともいとわず、狂ったように仕事をするのはどんな時でしょうか?」
石嶋は、黙って希久美を見つめた。質問の意味を整理しているようだった。やがて話し始める。
「自分のため、恋人のため、家族のため、会社のため、社会のため。理由はいろいろあるでしょうが、正直なところそんな使命感で狂ったようには仕事できません。だぶん、それは自分への絶望感でしょう。自分自身の絶望感から逃避したいんです。きっとその結末には、いいことなんかありませんよ。」
石嶋との食事を終えた数日後、仕事中の希久美の携帯に、ナミの電話番号が表示される。
「なに?」
「余計な話だと思うけど、石津先輩がさっきうちの病院に救急搬送されてきたわよ。」
石嶋の答えが現実のものとなった。
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