オキクの復讐

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「オーケー!」  希久美が、インカムを制服の下に装着し、みずからを奮い立たせるために両手で自分のほほを叩いた。 「オキク、いい。何度も言うようだけど、心の中に入って行くことはとても危険なことなの。なんだかんだ言っても、オキクは素人なんだから、石津先輩の心の声を聞いてあげるだけでいいのよ。誰かに話すことが本人に問題を自覚させるために一番いいことなの。それが回復への第1歩になるんだから。ごみの遮蔽物で閉ざされた川の流れでも、自分でどけられる小さなごみを見つけることさえできれば、あとは自らの回復への欲求が水圧となり遮蔽物を流し、川は徐々に平常の流れを取り戻すの。」 「わかった。」 「絶対!オキクが、問題がなんだか教えてあげようとか、問題を取り除いてあげようとかしちゃだめよ。」 「わかった。」 「私達はここで、レシーンバーを通して聞いているから。問題があればインカムで連絡するし、あなたもわからないことがあったら聞くのよ。」  ナミが言葉を詰まらせた。 「でもさ…、プロの医師がこんなことに加担して、本当にいいのかしら…。」  直前に怖気づくナミの肩をテレサが叩く。 「深く考えないの。観光旅行だと思えばいいのよ。石津先輩の脳の中を旅行するなんて、なんか興奮するじゃない。」 「慰めが慰めになってないのよ。物事の本質がまったくわかってない!あんたはいつも…。」  希久美がまとめている髪を解いた。いつもは風に美しく揺れていた長い髪が、高校時代と同じく肩の上の線で切られていたのだ。ナミとテレサが息を飲んだ。 「あんた、そこまで…。」 「いくわよ。」  希久美が泰佑の病室のドアノブに手を掛けた。  泰佑は、長いこと睡眠と覚醒の間をさまよっていた。夢を見ては目を覚まし、目を覚ましているかと思えば夢であったり。昼なのか、夜なのか、朝になったのかも自覚できない。時間のない海に漂っているようだ。すると荒天の空から一筋の光が射して、泰佑のからだ全体を照らしている感覚を覚えた。光ではない、視線だ。まぶたを開けようとするが、あまりにも重くて、思うように開かない。からだはもちろんのこと、手の指先さえも、少しも動かすことができない。やっとのことで、まぶたを開けると、枕元で自分を見つめている女性のシルエットが目に入った。焦点があわず誰かわからない。女子高校生のようだった。 「菊江か…。」
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