オキクの復讐

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「小さな公園だよ。…待っても、待っても、お母さんは帰ってこなかった。暗くなって、怖くなってお母さんを探し歩いた。歩き疲れて、歩道でしゃがみ込んでいる時におまわりさんに拾われた。」  希久美は泣きながら夜道を歩いている幼い泰佑を思い描いた。胸が痛んだ。 「警察に呼ばれて交番に来たお母さんは、これから公園へ迎えに行くところだったと、盛んに言いわけをしていた。でもね、おまわりさんにその公園の位置を尋ねられて、お母さんは答えることができなかったんだよ。」  警官と母親の言い合いを見ながら、交番のベンチでひとりぽつんと座る泰佑の幼い姿を思い描いた。もう希久美は涙を押さえることができなかった。もちろん、インカムを通じて話を聞いていた外のふたりの目にも、涙が溢れていた。 「だったら、最初から産まなければいいんだ。産みさえすれば、子供は勝手に育つと思い込んでる。いいや、そう思い込んでくれる方がよっぽどましかも知れない。だって、その子の母親は産んでることすら忘れてるんだよ。」  泰佑の目尻から、大粒の涙が一筋流れた。 「そりゃそうだよな…。その子の存在自体を忘れてるんだから、その子がいくら呼んでも、見てもくれないし、来てくれるはずもない。」  そうよ、全部吐きだしなさい。息を荒くして語る泰佑だが、希久美はそれを押さえようとはしなかった。 「女なんてみんなそうだ。自分にやりたいことができれば、他のことは簡単に忘れる。自分の産んだ子さえ忘れるくらいなんだから、男のことを忘れるなんて朝飯前だ。しかも心に波風をまったくたてずにやってのける。そんな相手を同じ人間と思えるか?自分に言わせれば妖怪だよ。妖怪相手にセックスなんか出来るわけがない…。」  ここだ、ここが核心だ。泰佑の話を聞いている3人がみな、そう直感した。希久美が叫んだ。 「でも私とは出来たわ。」  泰佑が思わず希久美の顔を見上げる。 「そうよ、出来て当たり前だわ。だってあたし2年も先輩のこと見つめ続けてたんだから…。知ってたんでしょ。それだけ見守ってたら、妖怪じゃなくなるわよね。」  希久美は泰佑を自分の胸の中で強く抱きしめた。 「居るのよ、先輩。私の様に何年も先輩を見続けて、それでもまだ見飽きないで見続けるような馬鹿な女が。」 「菊江、お前…。」
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