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「いいですか先輩。これから私が先輩に何をしても、動かないでください。私に触ったら殴りますよ。」
「どっかで聞いたことがあるセリフだな…。」
希久美は、起こした半身を泰佑に近づけて、泰佑の頬を優しく支えながらキスをした。ホテルでキスをした時と違って、泰佑の唇は荒れていてざらざらしていた。けれど、泰佑の心の奥底を知ってしまった今では状況が違っている。頭のてっぺんで鳴る鐘はあの時以上、いや想像を絶するほどのボリューで希久美の全身に響いた。希久美が嫌がる自分の身体をなだめてようやく唇を離すと、息が上がっていてなかなか話し出すことができない。
「ハァ、ハァ、どうです…からだに変化ありましたか?ハァ…。」
目をつぶって希久美のキスを受け入れていた泰佑が薄眼を開けた。口もとに悪戯な笑みを浮かべていた。
「どうかなぁ…。なんかあったような、なかったような…。悪いけどもう一度お願いできるかな。」
「えーっ、もう一回ですか?」
嫌がった希久美だが、それでも身体は泰佑の唇に吸い寄せられていた。突然泰佑が希久美を抱きしめた。
「不思議だ、あの時と同じだ。体に力が満ちて来た。」
ついに薬が切れたんだわ。今度は泰佑が希久美を抱きしめて力強いキスをした。希久美は、10年間このキスを待っていたことに気付いた。
「わかりました、石津先輩。菊江は今夜一晩、先輩のものになりますから…。好きにしてください。でも…壊しちゃだめですよ。」
熱い喜びのうねりの中で、意識が薄れていく希久美は、こう言うのが精いっぱいだった。
「オキク。武士の情けだ。」
外にいるテレサが、インカムのスイッチを切った。
「ごめんなさい。時間がかかっちゃって。」
ナミが急患の処置を終えて戻って来ると、ベンチの上で泣いている希久美の肩をテレサが優しく抱いて慰めていた。
「どっ、どうしたの?」
「大丈夫よ。オキクは悲しくて泣いているんじゃないから。」
テレサがウインクをしてナミに答える。
「石津先輩は?」
「ひっく、幸せな顔して、ひっく、ぐっすり寝てるわ。もう大丈夫よ。ひっく。」
今度は泣きじゃくる希久美が答えた。
「あれからいったい何が起きたの?」
「まあ、話しはあとまわしにして、とりあえす打上げに行きましょう。ナミも帰れるんでしょ。」
テレサが希久美を助け起こして、歩き始めた。ナミが慌てて後を追う。
「打上げって…。なんか軽すぎない。」
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