オキクの復讐

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 石嶋は、ユカを寝かしつけるために部屋の明かりを消した。外が妙に明るいなと窓を見ると、煌々と月が青白い光を放っていた。反射しているだけなのになんであんなに明るいんだろう。今日の月は、夜空の星を従えた王様のようだ。石嶋はふと青沼専務を思い出した。彼に、明日の土曜に自宅に来いと呼ばれたのだ。すると、次にすごい剣幕で怒っているナミ先生の顔が浮かんできた。『おい、石嶋隆浩。お前の想いはどこにあるんだ。』そうだよな、そろそろ自分の想いがどこにあるのか結論を出さなければいけない。ここに泰佑がいてくれたら相談できるんだけどな。病院で会った以来、あいつなんだか自分を避けてるみたいだ。ふと、ベッドを見るといつの間にかユカが半身を起こして石嶋をじっと見つめていた。 「どうしたユカ?」  ユカが心配そうに石嶋の顔を覗きこんでいる。そして、小さな手を石嶋の額に当てた。 「ははっ、大丈夫。ヒロパパは病気じゃないよ。」  ユカが枕の下から、ゴムチューブにつながった紙コップを取り出すと、片方を耳に当て、そしてもう片方を石嶋に向けた。どうも聴診器らしい。 「すごいな、手作りか?ユカもお医者さんになるのか?」  ユカがうなずいた。 「それじゃ折角だから、診てもらおうかな…。」  石嶋は分厚い胸をユカに差し出し、ユカはパジャマの上から手作り聴診器を胸にあてた。 「なあ、ユカ。ヒロパパの心臓の音が聞こえるかい?」  ユカは首をかしげている。石嶋はそんなユカの仕草が可愛くて仕方がなかった。 「もし聞こえたら、ヒロパパの心臓が、何と言っているか教えてくれないか。」  ユカは胸をあきらめて、今度は石嶋の左手を取った。脈を採っているようだが、手を添える位置が全然ずれている。 「ユカはよく知ってるなぁ。そこでも心臓の音が聞こえるんだよね。聞こえるかい?」  今度はユカが笑顔になって力強くうなずいた。そして、石嶋の左手首にゴムのリボンをはめたのだ。石嶋はそれがなんであるか憶えていた。ナミ先生がユカに買ってくれたシュシュだったのだ。  ふろ上がりの泰佑は、石嶋と同じ月を見ながら缶ビールを飲んでいた。退院以来、忙しい毎日が続いていた。しかし、入院前とは違うさわやかな忙しさだった。今までゆっくりあの夜を考える暇もなかったな。明るい月に菊江のシルエットを重ねながら、あの夜の夢を思い出していた。
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