オキクの復讐

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「それにしても高校生じゃあるまいし、女の子を抱いている夢をみるなんて、俺もガキだよな。」  醒めないでくれと願っても、醒めてしまうのが夢だ。正直、朝病院のベッドの上でひとり目覚めた時は、どうしようもない虚脱感を感じた。鮮明に覚えている分だけ、目覚めた時のショックも大きかった。しかし、退院して病院を出た時、妙に身体が軽く感じられたのも事実だ。よくわからないが、何かが変わったような気がしていた。  泰佑は男として、菊江の身体を愛し、そして希久美の心を愛することができた。でも、男として身体でも心でも愛することができる女性なんて本当に居るのかなぁ。そう思いながらも、疑問に思うこと自体が、自分にとっては大きな変化だと泰佑は気付いた。疑問は常に可能性のかけ橋なのだ。  今日テレサにあった。オリンピックへ向けて、女性の強化選手を取り上げた編集タイアップを申し入れてきたのだ。企画は受け入れられたが、別れ際、泰佑の顔をじっと見つめて言ったテレサの言葉が胸に引っ掛かっていた。 『男って、ほんと馬鹿よね…。』 「そうさ、馬鹿で結構。要は顔を前に向ければいいんだ…。」  許してはもらえなかったが、菊江は天国に帰って行った。オキクへの気持ちには蓋をした。ふたりとも素晴らしい女性だった。一生ふたりのような女性と出会えないかもしれない。でも、可能性だけで十分だ。明るく生きていける。泰佑は、菊江とも、希久美とも、ちゃんと決別して、出直すべきだと考えた。まず何からやろう。生身のオキクとは今まで通り距離を開けていれば、逢わないようにすることができるだろう。しかし、幽霊の菊江とはそうもいかない。そうだ、夢で逢わないように、後生大事に抱えていた菊江の手紙をちゃんと弔うことにしよう。泰佑は、菊江の手紙を取り出すために、本棚からアルバムを取り出した。そしてアルバムを開くと、手紙の代わりに一枚の紙切れがひらひらと舞落ちた。手にとって紙きれのメッセージを読んだ。 『ばかやろう!死んじまえ!』  泰佑はしばし呆然とした。なぜ手紙が無くて、このメッセージがはさんであったのか必死に考えた。見覚えのある字だ。今まで聞いた言葉の断片の数々が、今まで見たシーンの断片の数々が、無作為に蘇っては、竜巻に吸い込まれるようにある方向に向かって収束していく。そしてようやく、テレサの言葉の本当の意味に気がついた。
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