オキクの復讐

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 ルーム長との話に夢中になっていた希久美は、足元にある増設中のランケーブル端子に気付かなかった。足を引っ掛けて体のバランスを崩した希久美の腕を、田島ルーム長が取ろうと腕を伸ばしたが、時はすでに遅く、虚しく空をつかんだ。希久美がフロアに叩きつけられそうになった瞬間、プリンセスを救う白馬の騎士が現れた。そばにいた同僚が希久美に逞しい腕を差し伸べたのだ。突然の出来事にもかかわらず、学生時代から身体を鍛えていた白馬の騎士は、しなやかに反応して軽々と希久美の身体を受け止めた。希久美は、寸前のところで床に這いつくばらずに済んだ。 「どうもすみません。ありがとうございます。」  希久美は、詫びと感謝を繰り返し、わが身を受け止めてくれた白馬の騎士を見やった。騎士は泰佑だった。今自分を抱きかかえている相手がわかったとたん、希久美は釣りあげられた深海魚よろしく、身体中の血液が沸騰し、見開いた目から眼球が飛び出した。 「私の身体に触らないで!」  慌てて自分の態勢を戻して身を離した希久美は、泰佑の頬にいきなり平手打ちをした。それは周りの社員の注意を引くには十分な音だった。 「おい!青沼。お前なんてことを…。」  田島ルーム長の驚きも構わず、希久美は大きな足音を立てながらその場を立ち去る。泰佑は黙って、希久美の後ろ姿を見送った。  この事件は、後日『泰佑がセクハラをして、希久美に殴られた。』というニュースになって、全社員に伝わったのだった。  希久美を追いかけるようにして戻った田島ルーム長が、すでにデスクで平然と仕事を始めている彼女に、小声で話しかけた。 「おい青沼。さっきのはまずいよ。石津に謝ったほうがいいぞ。」  希久美は、モニターから顔も上げず答える。 「なんで謝るんですか?」 「なんでって…。」  希久美の反応にあきれながら田島ルーム長は言葉を続けた。 「誰を嫌おうがお前の勝手だが、ちょっと露骨すぎないか。この前も全体会議でコーヒー頼んだら、石津の分だけないし。みんなを誘って社食へ昼飯にいく時も、石津が入ると必ず抜けてひとりでどっか行ってしまうし…。」 「ああ、おなかすいた。もうこんな時間か…。社食に行ってきます。」 「お前…。どうして最後まで俺の話を聞けないんだ。」 「つきあい長いから、聞かなくとも何が言いたいのかわかっちゃうんですよ。」
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