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「いや…。すまんが今日はこのまま帰ってくれるか。この償いは必ずするから…。」
石嶋は、希久美とのことについて、自分の会社人生を賭してまでも、青沼専務の意思と違った決着をつけにきたのだが…。もしかしたら泰佑に助けられたのかもしれないと思った。
希久美は腕を引かれている間中、思いつく限り、ありとあらゆる罵詈雑言を泰佑に浴びせていた。泰佑は希久美を近くの小学校のグランドに連れ出して、ようやく手を離した。泰佑はバックネットに立てかけてあった木製のトンボを手にすると、膝を使って柄を折ろうとした。木製とはいえ、比較的太い角材の柄はなかなか折れない。そのうちスーツのズボンも破れ手も赤くなってきた。
「あんた、何やってんの?」
希久美が呆れて泰佑に言うも、泰佑はやめようとしない。やっとのことで折ったトンボの柄を希久美の前に投げ出した。ひと仕事終えた泰佑は肩で息をしながら、希久美に言った。
「いつから青沼希久美になったんだ。」
「泰佑には関係ないわ。」
「どおりで探しても見つからないわけだ。おまけに死んだなんて嘘言いやがって。」
「私は嘘を言ってないわよ。」
「じゃあ俺が夢で会った幽霊の菊江は誰なんだ。」
希久美はそっぽを向いて返事をしなかった。
「まあ、そんなことはどうでもいい。ほら菊江、その棒で俺を殴れ。俺が憎くてしょうがないんだろう。」
「そんなことしない。そんなことしても許さないし、あんたなんか叩く価値もないわ。」
「俺だって許されようと思っていない。だから菊江の手で俺を一回殺して、一緒に成仏してくれ。」
「何バカなこと言ってるの。」
「そうでもしないとオキクと始められない。」
「そんな都合のいいこと言ってんじゃないわよ。」
しばらくふたりは棒を間に睨みあっていた。やがて、泰佑が両手をズボンのポケットに突っ込んで話し始める。
「おい菊江、お前渋谷の待ち合わせ場所で初めて俺に抱かれた時のこと憶えているか?」
希久美のこめかみの血管がピクリと動いた。
「なんだかんだ言っても、幸せそうな顔してたよな。でも、その時俺は別なことを考えていたって話したっけ?」
ついに希久美が切れた。棒きれを掴むと泰佑の首筋めがけて振りおろしたのだ。泰佑はよけなかった。当たった首筋が、赤く腫れた。それでも泰佑は話し続ける。
「ラブホテルへ行く途中も、ひっぱっていたはずの俺が知らぬ間にお前に追い抜かれてたよな。」
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