オキクの復讐

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 泰佑はもう動かなかった。しかし希久美は泰佑の心配などまったくしなかった。こんな奴死んで当たり前だ。希久美は振り返えると、地面に倒れる泰佑を残し校門に向かって歩き始めた。やがて、希久美は不思議な現象に気付く。ホームベース上で倒れている泰佑から離れれば離れるほど、足が重くなっていくのだ。それでも、希久美は自分を励まして足を動かした。泰佑の引力の及ばぬところへ、早く脱出しなければ。もう少しでグランドを抜けようとした時、その声が希久美の耳に届いた。 「ヘーイ、外野ぁー。」  泰佑のキーの高い良く通る声だ。突然、希久美の目の前が真っ白になる。やがてざわざわと野球部の部員たちの声が聞こえてきた。 『ヘイ、ヘイ、ヘイ、ヘイ。ライトー。』 『声出して行けーっ。』  白光に目が慣れて、希久美が振り返ると、グランド一杯に真っ白なユニフォームを着た野球部員が散らばり、希久美に向かって声を掛けていた。 『ライト、よっつだ、よっつー。』  高校時代に見た、焼けつくような日差しの中で、ファーストが、セカンドが、サードが、ショートがいる。右を見れは、センター、そしてレフト。目を戻せばマウンドでピッチャーさえもが、希久美に手を振って盛んに声を出している。忘れていたあの頃の熱さと汗のにおいが、今ここにあった。そして、幻ではない確かな声が、また希久美の心の中に届いた。 「ヘーイ、ライトー。」  呼ばれた方角を見ると、ホームベース上で倒れていたはずの泰佑が、起き上がり、膝に手をついて声を張り上げている。周りを見るといつしか部員たちの姿は消えていた。 「もういいだろー。キャッチボール始めようぜー。」  希久美の頭の中で、高校時代に見つめていた泰佑の様々な姿が、走馬灯のように廻った。どの姿もかっこ良かった。封印はしていたものの、泰佑が叩かれながら語ったラブホテルの事も今鮮明に思い出した。気を失ってからの事は聞かされて驚いたが、今考えると笑い話のような気もする。 「また、お前の球受けさせてくれよー。」
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