オキクの復讐

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 改めて満身創痍の泰佑を見た。顔が笑っていた。なんであいつ、この状況で明るくにこにこ笑えるんだろう。希久美の頭の中で、会社で再会してから発見した新しい泰佑の姿が、走馬灯のように廻った。どの姿も嘘が無く誠実だった。しかも私はこいつの心の奥底にある本当の姿まで見てしまった。泰佑の事を私以上に知っている人間はいないだろう。それにしても、彼は私たちに何度薬を盛られたことだろうか。気の毒な気がするが、正直滑稽だ。 「バックホーム!」  キャッチャーにそう言われれば、野手は何も考えず返球するしかない。希久美は自分の身体から、何かが抜けて行くのを感じた。泰佑の言う通り、菊江が成仏したのだろうか。  菊江が体中傷だらけの泰佑を家にかつぎ込んだ時は、家じゅう大騒ぎになった。慌てる義父に構わず泰佑を自分のベッドルームに運びあげた。ドロドロのスーツを脱がせて、希久美はとりあえず傷だらけの身体を温かい濡れタオルで拭いてあげた、 「なによ。今更恥ずかしがる仲じゃないでしょ。」  希久美はパンツ一丁の泰佑の背中をたたく。泰佑は大げさに痛がった。母が持ってきてくれた薬を、体中に塗りながら、希久美はポツポツと泰佑に話しかけた。 「いつわかったの?」 「昨日の夜、菊江から貰った手紙を燃やそうと思って…。」 「そうだった…大後悔だわ、そんなところに証拠残すなんて…。」 「手紙返せよ。俺の宝なんだから。」 「いやよ!」  希久美は、傷口に無理やり面棒を突っ込む。 「痛て、やめろよ、そういうこと。でもさ…、菊江になって楽しかったか?今でも制服が似合うんだな?」 「黙れ、この変態。ああ、あたしもほんとに馬鹿。こんな変態に、2回もバージンを捧げるなんて…。」  泰佑が固まった。 「えっ、あの夜が…。」  希久美は返事をしなかった。 「オキク、あの…俺…ちゃんと責任取るから…。」 「お前馬鹿か?ラブホテルで逃げた男が言うセリフか。また叩くぞ。」  妙に真剣に言った泰佑が滑稽で、思わず希久美も笑ってしまった。泰佑は希久美からの攻撃から逃れるために枕に顔を埋めた。 「オキク…。」 「なによ。」 「オキクの匂いがする…。」 「もう一回言うけど、あんた変態ね。」 「なあ、こっちこないか…。」 「かー、人間って変わるもんだわ。シェラトンホテルでは、怖くて震えてた男がねぇ。」 「なあ、いいだろ?」
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