8人が本棚に入れています
本棚に追加
「わたし的にはかまわないけど、下でお義父さんが聞き耳立ててるし、殺されるわよ。」
絶妙なタイミングで、心配した義父が希久美を呼ぶ声がした。
「おーい、希久美。そのお客さんはいつ帰ってくれるんだ?」
希久美が泰佑の耳元でつぶやいた。
「こんどは、お義父さんに恨まれたみたいね。怖いわよー。」
宿直勤務明けの早朝、病院を出るナミの携帯が鳴った。相手は石嶋だった。ユカがまた熱が出た。それもかなり高い熱だと切迫した声で言っていた。救急車を呼べと、ナミは指示を出したがどうしてもユカが先生に会いたいと言って聞かない。そうね、私はユカちゃんとヒロパパの強い味方だから。そう呟きながら、ナミは仕方なくタクシーを飛ばした。
石嶋の家に飛び込んでみると、ユカはキッチンの食卓で楽しそうに座っていた。
「石嶋さん、これどういうことです。」
だまされた怒りをあらわに、ナミは石嶋に詰めよった。
「どうぞ、座ってください。ユカと自分が朝食を作りました。食べて行って下さい。」
石嶋はナミの剣幕を一向に気にせず、にこにこしながらナミにいすを勧めた。
「だますなんて…。」
ユカが、ナミの前で、おはようございますと丁寧にお辞儀をした。その仕草が可愛くて、ナミの怒りもどこかへ行ってしまった。仕方なく、勧められた椅子に座る。
「失礼だとは思ったんですが、ナミ先生は、ユカのことを持ちださないと、自分に会って下さらないから…。」
ナミは石嶋の顔をみつめた。
「今日は、ユカではなく、自分がナミ先生にお会いしたかったんです。自分が作ったからまずいでしょうけど、ちゃんと朝ご飯食べて頂かないと、帰しません。」
ナミは、目の前にあるオムレツを見た。形も崩れて見るからにまずそうだ。しかし、きれいな黄色が目に眩しく、立ち上る温かい湯気がナミのほほを撫ぜる。ナミはオムレツを一口食べた。確かにオムレツはまずかったが、それでもフォークを口に運びながら、小さな声で呟いた。
「困ります。プライベートでお会いするのは…。オキクの手前もあるし…。」
「先日、青沼さんの家へ行きました。そうしたら、目の前で泰佑が青沼さんをさらって行きましたよ。『お前には譲れん。』なんて怖い顔してね。」
ナミのオムレツを食べるフォークの手が止まった。
最初のコメントを投稿しよう!