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「ばかね、泰佑の顔見るためだけに、丸一日かけて飛行機でやってくるわけないでしょ。そんなお人好しじゃないわ。」
「えーっ、じゃはなからプロポーズ断る気なんか…」
「私は刺し違えるつもりで来たの。泰佑とは気合いが違うわ。」
おなかに当たらないようにしながらも、泰佑は喜びで希久美を強く抱きしめた。
「苦しいわよ…離して。」
希久美も笑顔で優しく泰佑の背中をたたいた。
「でも、喜ぶのは早いわよ。」
「なんで。」
「わたし帰るつもりが無くて、仕事も辞めてここに来たの。」
「だから、あんな大荷物なのか…。」
「それに、置き手紙に私がここに来る理由を正直に書いたから、そのうちきっとお義父さんがあなたを殺しにやってくるわ。」
「でもさ、孫の顔見れば慈悲もわくだろ…。」
「甘いんじゃない…。」
希久美と泰佑は尽きせぬキャッチボールを繰り返しながら、腕を組んでリオのダウンタウンに消えて行った。
結婚式を終えたナミがユカを寝かしつけて石嶋のもとに戻ってきた。
「今日の式に泰佑達が来れなくて残念だったね。」
「昨日スカイプで話したけれど、あっちもオリンピックが近づいて準備が大変なんだって。オキクも石津先輩を手伝っているようだし…。」
ナミは化粧台で肌を整えながら言葉を続けた。
「それに、オキクも身重で長時間の飛行機の旅は危ないんじゃない。」
「向こうで産むのか?」
「そうね。オキクのお母さんが行ったみたいよ。」
「勇気あるな…。ああ、だから今日は青沼専務の機嫌が悪いんだ。ひとり残されちゃって…。」
石嶋は、化粧台の前のナミをじっと見守っていた。そして、ナミに近づくと軽々と抱き上げた。
「きゃっ。」
「そろそろ僕たちも寝ますかね…。」
「まだ準備が…。」
「もういいでしょ。」
「女の子はいろいろ準備が…。」
「泰佑と違って、僕はさんざん待ったんだから、これ以上はもう待てないよ。お・ま・え。」
そう言いながらナミをベッドに運んで行った。ナミをベッドに優しく置いた石嶋は、ナミを想いやり、決して急がないように自分を言い聞かせて体を寄せていく。すると、目を固く閉じたナミがなにか呟いているのが聞こえた。
「ちょっと、ナミ先生。ここでその呪文はないでしょう。僕は雷じゃないんだから。」
「だって…。」
「ユカの誕生日に兄弟をプレゼントするって約束したのは、ナミ先生ですからね。」
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