オキクの復讐

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 ひとりで4人掛けのテーブルを占有していた希久美に話しかけたのは、泰佑だった。希久美は何も答えないまま、定食の盆を持って立つ泰佑を見やった。体型にあったスーツは、余計に肩幅の広さと締まったウエストを強調する。あらためて彼を見ると、かつて捕手用のプロテクターを装着していた体躯は、高校時代に比べその逞しさを増しており、彼が大学でも野球を続けていたことが容易に想像できた。顔は相変わらずあの頃のイケメン顔だな。そう思うと急に、初めてのデートの日、会った瞬間に抱きしめられた彼の身体の感触が蘇ってきた。まずい!希久美は席を立ってこの場から離れようとしたが、泰佑が彼女の行く手に立ちふさがり言った。 「待てよ。食事もまだ終わってないだろ。声を掛けて悪かった。自分が他の席へ行くから。」  希久美は、対峙する泰佑の瞳をじっと見た。希久美の心からまた得体の知れない感情が溢れだす。まだ早いのよ。復讐の計画は出来ていない。今あなたと絡むと何をしでかすかわからない自分が怖いの。だから、お願いだから今はそっとしておいて…。泰佑をじっと見ていた希久美の瞳から大粒の涙が溢れだした。 「なっ、なにも、泣くことはないだろう…。」  希久美が泰佑を押しのけた拍子に、彼が持った定食のお盆が傾き、食べ物と食器が大きな音を立てて床に散らばる。今度も周りの社員の注意を引くには十分な音だった。涙を流しながら走り去る希久美。呆然と立ちすくむ泰佑。この事件は、前のニュースの続編として全社員に伝わった。内容は『そのあと泰佑はセクハラの謝罪をしたが、泣くほど傷ついた希久美がそれを拒否した。』であった。  ワインバーに集った3人の元女子高生。人数にふさわしくない数のコルク栓が散らばるボックス席では、今夜は、ひとりの元女子高生の話しに、あたりを気にせず大笑する喧しい宴になっている。テレサが笑いすぎた涙を拭いながら希久美に言った。 「なんでそこで泣かなくちゃならないわけ?」 「私もよくわかんないのよ。自然と涙が出ちゃって…。」  ナミも笑いながら希久美を慰める。 「結果的には、悪党にセクハラ男のラベルを貼れたから、良かったんじゃない。」 「でも、少しすればラベルも風化する…。」  テレサは、ふたりのグラスにワインを注ぎ足す。 「オキクの言う、―死ぬまで自らの『おこない』を悔いる人生―ってどんな人生なの?」
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