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患者のプライベートには立ち入らない。それは、冷静で正確な診断と治療を施す臨床医の鉄則である。ナミは父親の言葉には何の返事も返さなかった。3人は、誰も居ない廊下を薬剤部へ向けて黙って歩いた。薬が出るのを、待合ロビーのベンチで待つ間も、ユカはナミの腕の中から動こうとしない。ユカはナミの胸に、失った母親の懐かしい柔らかさを、見出したのだろうか。病院の出口で、父親はムズがるユカをようやくナミから引き離しタクシーに乗り込んだ。走り去るタクシーを見送るナミは、車内で彼女を見て泣いているユカの口が、先生と言っているのかママと言っているのか判断ができなかった。
希久美とテレサが、西新宿のホテルのロビーカフェで落ち合っていた。お互いなぜかサングラスを外そうとしない。
「今日、ナミは?」
「休日当直らしいわよ。」
「そう…。彼女は本当の医師だから、確かにこれ以上関わらせない方がいいかもね。」
「そうね。見て、これが例の薬よ。」
テレサは、バッグから顆粒の薬を2包取り出しテーブルの上に置いた。
「これか…。よく買いに行けたわね?」
「私も怖いから会社の若い衆に行かせたのよ。彼らの手間賃も入れて4万円よ。」
「えっ、ふたつで4万円!そんなに高いの?」
「復讐もお金がかかるわね。」
「しょうがないか、モンテ・クリスト伯も大金持ちだからこそ復讐ができたんだから。」
「誰それ?」
希久美は、相変わらずのテレサに首を振りながらお金を渡した。
「ところでさ、買ったのはみっつでね、ひとつ今の彼に試してみたの。」
「えっ、それならひとつ分のお金を返してよ。」
「そんなケチくさいこと言わないの。もし効かなかったら、オキクの貞操が危なくなるでしょ。」
「ご心配いただきまして、すみません…。」
「それでさ、水に溶かして飲ませたの。」
「どうだった?」
「確かに5分後位から効き始めて、20分間位まったく使い物にならなかったわよ。」
「聞かなくてもいいことだけど、その後はどうしたの?」
「彼の自信を回復するために、えらくサービスしちゃったわよ。」
「やっぱり聞かなければよかった…。」
「それにこれ。」
テレサが今度は、バッグから赤い袋の顆粒を2袋取り出しテーブルの上に置いた。
「若い衆が言うには、サービスだって、闇の薬局がくれたらしいの。」
「なにこれ?」
「無性にやりたくなる薬だそうよ。」
「なんでそんなものを…。」
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