オキクの復讐

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 希久美は席を立ち脱兎のごとく泰佑を追った。長い脚を比較的大股に使う泰佑の、歩くスピードは速い。必死に希久美は追うが、人ごみの中に一瞬泰佑の後ろ姿を見失ってしまった。確かあっちの方向だったけど…。自分の感を信じて進んでいくと、しばらくしてスターバックスの屋外席に、見覚えのある泰佑の背を発見した。アイスコーヒーを飲みながら酔いを醒ましているのだ。高校の河川敷グランドで大勢の野球部員が練習する中でも、遠目で眺めた泰佑の姿を見失ったことなど一度もない。さすが私よね…。変なところに達成感を感じながら、しばらく泰佑の様子を眺めた。久しぶりに落ち着いて眺める泰佑の姿だ。長い脚を投げ出して、ストローを口にしながら遠くの何かを見ている。何を考えているんだろう。仕事のこと? 家のこと? 趣味のこと? 彼女のこと?…。考えてみれば、自分は泰佑について野球部員であったこと以外何も知らない。きっと泰佑も私のことは何も知らない。お互いのことを話す間もなく、希久美は路傍の石のごとく捨てられたのだ。あの日の以前そして以後を、彼はどのように生きてきたんだろう。それなりに見栄えのするスタイルと顔だから、きっと私と同じような女を山のように生み出したに違いない。そうよ、その人たちのためにも勇気を出して始めなければ…。希久美はゆっくりと泰佑に近づいていった。 「あら、石津くんじゃない。こんなところで会うなんて、偶然ね。」  希久美は、自分の第一声が緊張のあまり震えていなかったかどうか心配になった。しかし声の主が希久美であることに気づいた泰佑が、驚きのあまりコーヒーを気管に入れてせき込む姿を見て、まずは先制攻撃の成功を喜んだ。 「たしか今夜は、歓迎会だったんじゃない?」  泰佑は苦しそうに咳き込みながらもうなずく。 「もう終わったの?」  泰佑は、ようやく空気の通る様になった気管に安心して、唾を飲みながらうなずく。 「そう、残業で出られなくて残念だったわ。でも、せっかくお会いできたんだから…。もしよろしければ、今からでも歓迎の一杯をご馳走したいんだけど、お嫌かしら?」
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