オキクの復讐

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 希久美は、可愛らしい笑顔を作って泰佑の顔を覗き込んだ。復讐する女とは、こんなにも女優になれるのかと、みずからを恐ろしく感じた。泰佑は希久美からの思いがけない申し出に、言葉を失っている。なんとか答えろ、この悪党!なかなか返事をしない泰佑に焦れて、希久美の笑顔も崩れかけきた頃、ようやく泰佑は口を開く。 「今夜はビンタなしか?」 「私がそんなことするわけないでしょ。やあねぇ。」 「今夜は泣かないな?」 「お誘い断ったら、泣くかもしれませんわよ。」  しばらく考えた泰佑は、まさにプレゼンを始める直前にみずからを奮い起こすように、はずしていたワイシャツの襟ボタンをつけ直し、緩んだネクタイを締め直して席から立ち上がった。 「わかった。どこにする?」  希久美が泰佑を連れていったのは、テレサから薬を受け取ったと同じホテルの高層階にあるクラブラウンジだ。あいにく夜景が見えるボックス席が満席だったので、ふたりはカウンター席に並んで座った。希久美は、もともと胸元の広く開いたドレスシャツを着ていたが。さらに胸の谷間が強調されるように、少し肩をすぼめてハイチェアに腰かける。泰佑の視線の先を探ったが、希久美の胸元には関心がなさそうだった。ちくしょう!対面席だったら、きっと私の胸を見たに違いないのに…。計画がひとつ狂った。 「ご馳走させていただく最初の一杯は、私が決めてもいいかしら?」 「お好きに。」  希久美はバーテンダーを呼ぶと、カクテルの名前を言った。 「ブランデーエッグノッグをふたりにいただけるかしら。」  希久美が指定したカクテルは、ブランデーに砂糖と卵黄1個をシェークし、牛乳で割る曲者だ。薬を混ぜ込み、飲む時に違和感を覚えないよう、事前に調査してこのカクテルを選んでおいた。やがてカクテルと呼ぶにはあまりにも濁った液体が、しゃれたグラスに注がれてふたりの前に並ぶ。 「さあ、ふたりの再会を祝って乾杯しましょう。」 「再会?」  思わず出た言葉に、希久美は慌てて言葉を足した。 「今夜の偶然の出会いのことよ。ほらグラスを持ちなさい。」  泰佑は、首をかしげながらグラスを持った。 「ちょっと待って、ワイシャツの襟に口紅が付いているわよ。」 「えっ。」 「キスマークでも付けられたの?不愉快だから乾杯の前に消してきて。」 「すまん…。」
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