オキクの復讐

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 泰佑が慌ててレストルームへ駆け込むのを確認すると、希久美はバッグから薬を取り出した。やりたくなる薬とやれなくなる薬を間違えないように…。慎重に袋を破って、薬を泰佑のカクテルに混ぜ込んだ。 「またいじめか?そんなものないぞ。」  レストルームから帰って来た泰佑が、希久美に抗議する。 「あら、そうでした?私の見間違えかしら。ごめんあそばせ。」  希久美はまったく動じない 「それでは、気を取り直して乾杯。」  再びグラスを手にしたその時、今度は希久美の携帯が鳴った。田島ルーム長からの電話だ。 「ごめんなさい。ちょっと、待っててね。」  希久美は携帯を手に、席をはずした。泰佑は、こんな時間になっても、嫌な顔ひとつせず、熱心に仕事に対応する希久美の姿をしばらく眺めていたが、やがてバーテンダーを呼んで言った。 「自分は女性経験が乏しいので、教えて欲しいのですが…。」 「私でわかることでしたら。」 「ビンタくらわしたり、昼食を同席するにも泣くほど嫌がった女性が、急にカクテルをおごると言い出すのは、どういうわけがあるんでしょうか?」 「そのお答えは、お客様の前のグラスの中にあるようでございます。そのカクテルを飲み干されれば、お知りになれるかと…。ただ、お客様の身を案じて、あえて申し上げるのですが、謎のままお帰りになった方がよろしいかと存じます。」  バーテンダーは泰佑の前のグラスに意味ありげな眼差しを投げると、別の客のオーダーを受けて歩み去っていく。泰佑はカクテルグラスを眺めながらしばらく考えた。一旦席を立ちかけたが思い直して座り直す。そして、希久美と自分のグラスを差し替えて彼女の戻るのを待った。 「ごめんなさい。ルーム長から電話で、明日の朝一の会議が流れた連絡だったわ。さあもう一度仕切り直しで乾杯しましょう。」  ふたりは、グラスを軽く触れさせて音を立てると、乳濁色のカクテルを口に含んだ。なんと甘いカクテルなのだろう。予想外の甘さだ。希久美は、吐き出したいところをぐっと我慢して、みずからも杯を空けることによって、泰佑にも飲み干すように促した。 「ところで石津くんは、何かスポーツしていたの?」 「いや、別に…。」  高校時代、毎日あんなに野球やっていたのに、なんで言わないの? 「そんなことは、ないでしょう…。いい身体して…。」  希久美は泰佑の体中を、舐めるように眺めまわした。
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