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「それなら、薬なしでも男をその気にさせる専門家に相談しに行こうぜ。みんな、今週の金曜の24時に六本木に集合よ。」
「ユカちゃんは寝たか?」
「ああ、悪いな泰佑。誘っておきながら。なぜかユカは俺がそばに居ないとなかなか寝付かないんだ。」
「お前が亡くなった父親と似ているからじゃないか。」
「一応、兄弟だからな。」
甲子園を目指してバッテリーを組んでいた泰佑と石嶋は、高校以来の飲み友達になっている。飲んでいる時はあれこれ好き勝手を話すのだが、不思議と野球の話しはしない。毎日野球の練習で、同じことの繰り返しに明け暮れた学生時代。実際野球しかなかったあの頃。今はもうお腹一杯で、いまさら野球の話しをしても、盛り上がらないことをお互いよくわかっているのだ。
「もう3カ月か…。ユカちゃんの落ち着き先は決まったのか?」
「まだだ。俺も役職が付いて忙しくなってきたから、面倒見るのもそろそろ限界なんだけどな。」
石嶋は自分のグラスに氷を足しながら言葉を続けた。
「ユカにとっても父親と母親がそろう環境で育てられるのが一番幸せだと思うんだ。でも、だからと言って急いで変な里親を掴んでしまったら、ユカが可哀想だ。」
「こんなことは、軽率に言うべきではないと思うが…。」
泰佑が石嶋のグラスに焼酎を注ぎながら言った。
「ユカもお前にだいぶ慣れているから、いっそのこと誰かと結婚してお前の養子にしたらどうだ。」
「いやぁ、俺は嫌だね。」
「なんだ、ユカちゃんのこと嫌いか?」
「嫌いじゃない。可愛いと思うけど…。」
「だったらなぜ?」
「そんな重責を今から背負うのは、負担だな。将来結婚する相手も嫌がるだろうし。」
石嶋は、なんとなく上司に紹介された女性を想った。
「おい石嶋隆浩。今のお前にとって大切にしたいのは、ユカちゃんなのか?それとも将来の妻か?」
「うーん、わからないな…。」
「昔からお前は、球種を決められなかったよな。配球はいつも俺が決めた。」
「だから、よく打たれたんだぞ。」
泰佑も石嶋もお互いにグラスを掲げて笑い合った。泰佑が言葉を続ける。
「俺がユカちゃんを養子にしようかな…。」
「えっ、意外なことを…。」
「なんだか、自分の子供は持てない気がするんだ。」
「だめだ。ユカだけは、お前には譲れん。」
「なんでさぁ?」
石嶋は泰佑の問いに笑って答えず、質問で切り返した。
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