オキクの復讐

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「ところでさっき言っていた、お前をとことん虐めまくる女の話だが、もっと聞かせろよ。」 「面白いか?」 「ああ、痛快だね。」 「でもカクテル事件があった以来、話もしていないし、ろくに顔もあわせていない。」  泰佑はグラスを飲みほした。 「そのうちまた、意外なところから石でも投げて来るんじゃないかと、びくびくだよ。」 「ふーん、お前に関心があるんじゃないか?」 「いや違うね。相手のオーラから色っぽいものをまるで感じない…。殺気だけだ。」 「いじめられているうちに、お前が惚れたりして。」 「俺の女嫌いはお前もよく知っているだろ。絶対あり得ないね。」 「でも、俺の憶えている限り、お前が女の話をするのは、たしか…。」  天井を見上げて、石嶋は記憶を掘り起こした。 「そう…高校以来初めてだぜ。」 「昔のことをよく覚えているな…。話題の方向を変えよう。お前は今、女は居ないのか?」 「居るわけないだろう。仕事一筋さ。」  石嶋は、先日上司から紹介された女性の話は言いだせなかった。ユカのことを黙ってお見合いのような事をしている自分が、なんとなく後ろめたかったのだ。 「…でも泰佑、お前をそこまで嫌うその女に、俺はぜひ会ってみたいね。」 「またその話しかよ。」  ふたりは笑いあいながら、たわいもない話を肴に夜が更けるまでグラスを重ねた。  テレサがみんなを24時に集合させて連れていった先は、プチ・パレスというクラブであった。この店は、24時に開店し翌朝7時まで営業している、六本木でも老舗のニューハーフのクラブである。古めかしいビルの薄暗い階段を下り、分厚いドアを開けると、轟音にも等しい人々の話す声、笑う声に迎えられる。目の前ではこの世とは思えない世界が広がっていた。テレサ達は思わず立ち止まって、エントランスからフロア全体を眺めた。小さなステージを持つグランドフロアは、20名前後のニューハーフと30名くらいの男性客でひしめいている。たいした天井高でないフロアに、ニューハーフの嬌声と客の笑い声が轟く様は、まさに阿鼻叫喚といったところか。ニューハーフはそれなりに美しく華やかであり、男性達にとっては、六本木の空間の裂け目に生まれた神秘的な楽園と思えないこともないだろうが、じつはここに居る50名がテレサ達を除いてすべて男性である事実を考えると、彼女たちにとっては地獄の様としか思えない。
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