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「石嶋さんも何かスポーツされていたんですか?」
希久美の『も』という表現に、『自分が今彼女のこころの中にいる誰かと比べられているんだ』と石嶋は感じた。
「ええ、学生時代野球をやっていました。」
「あら、私、野球をやっていた方には好感が持てます。」
「野球がお好きですか?」
「いえ、初恋の人が野球をやっていたんで…。」
「なるほど…。そう正直に答えられると、言葉が継げませんね。」
「野球では、どのポジションでしたの?」
「控えのピッチャーでした。」
「控えなんて付けなくてもいいのに。私も正直に答えられると言葉が継げません。」
「これは、失礼しました。」
「ちょっとお聞きしていいかしら?」
「なんでしょう?」
「投手と捕手は、バッテリーと言うじゃないですか。いつも一緒なんですか?」
「そうですね。一緒のことが多いですよ。」
「捕手ってどんな人たちなんですか?」
「投手じゃなくて、捕手に関心がおありですか…。」
「ごめんなさい。」
石嶋は高校時代ブルペンですごした相手のことを想った。
「いえ、いいんですよ。そうですね…。よく捕手は投手の女房役と言うじゃないですか。あれは嘘ですね。少なくとも私のつき合った捕手は、女房なんてもんじゃなかった。」
「どういうこと?」
「面倒を見てくれるわけではないし、特に優しくしてくれるわけでもないし、好きな球は投げさせてくれないし、気分ですぐ配球を変えるし。」
「意外ですね。」
「それでいて別れられないんです。」
「どうして?」
「奴に投げると気持ちいいんですよ。自分の投げた球が、奴のミットに収まると、なんか変な清々しさというか、達成感というか、そんなもんが感じられて楽しいんです。」
「どうしてかしら?」
「誰でもない、この僕の投げる球を受けることが、本気で好きだからなんだと思います。だから、投げている自分は、受けてくれている相手に本気で愛されているって感じます。」
希久美は自分が受けた仕打ちと石嶋の言葉を重ねて、納得できない気持ちを表情に現す。
「ほんとですよ。投手は自分の投げた球しか愛せないタイプが多いんですが、捕手は違うんです。」
希久美は、自分の言っている事をわかってもらおうと必死に説明する石嶋に好感を持った。
「ということは、石嶋さんは自分しか愛せないタイプかしら?」
「しまった、墓穴を掘りましたね。」
ふたりは笑い合った。
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