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今度は田島ルーム長が代わって答えると、泰佑は驚いたように希久美を見た。希久美は、そっぽを向いて会議室の窓の景色を見ていた。泰佑はそんな希久美を見ながら、しばらく彼女の真意を計っているようだった。
「やってくれるな?」
黙っている泰佑に焦れた斉藤ルーム長が、少し語気を強めて言った。依頼ではなく命令口調だ。
「もちろん業務命令に逆らうつもりはありません。」
「そうか、では業務の内容と進め方はリーダーの青沼君から詳しく聞いてくれ。」
両ルーム長は、心配そうに希久美の様子を伺いながら、ふたりを残して出ていった。大会議室に、希久美と泰佑だけが取り残された。
希久美は、外の景色に向けていた視線を戻し泰佑を見つめた。泰佑は、希久美の殺気立った視線を、みずからの眼力で跳ね返そうと必死ににらみ返す。やがて希久美が口を開いた。
「ということだから、石津くんよろしく。」
「なんで…。」
「そう言えば…。先日の夜のお礼がまだだったわね。ご迷惑おかけしたみたいで…すみません。」
希久美は泰佑の疑問に答えようとしない。いらついた泰佑は希久美の席まで大股に近づき、仁王立ちして言った。
「この前は、プライベートだと思うから黙ってたが、仕事であんなことをするつもりだったら…。」
「安心して。公私はわけられる大人だから。」
そんな言葉がにわかに信じられるかといった様子の泰佑に、希久美は言葉を続ける。
「これから円滑に仕事をするためにルールを決めましょう。」
泰佑は黙っていて返事をしない。
「まず、このプロジェクトのリーダーは私。あなたはアシストなんだから、常に私のデシジョンに従うこと。わかった?」
「君のプロジェクトだから仕方ない…。しかし意見は自由に言わせてもらう。」
「それから、私が気持よく投げられるように、あなたは常に努力すること。いいわね?」
「意味がわからん?」
希久美が、会議テーブルをたたき大きな音を立てて立ちあがった。
「ではこれから、リーダーとして最初の指示を出します。」
泰佑は身構えた。
「得意先や外部の人が居る場合は別として…。」
泰佑は身体を固くして次の言葉を待った。
「これからお互いを下の名前で呼び合うこと。」
「なんだ?」
「私はあなたを泰佑と呼ぶわ。あなたは私をオキクと呼んで。」
いよいよ希久美の公私のプロジェクトが再稼働を始めた。
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