オキクの復讐

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 オフィスを飛び出す希久美と泰佑。今や、田島ルームと斉藤ルームの離れた席で怒鳴り合うふたりのやり取りはオフィスフロアの名物となっていた。仕事の話はいつも語気がきつくて、穏やかに話しているところを見たことがない。時には取っ組み合いを始めそうな勢いで口論するふたりだが、それでいてお互いを下の名前で呼び合うのは妙だと、みんなが感じていた。田島ルーム長ですら、長い付き合いなのに希久美を名前で呼んだ経験がない。実際のところ、セクハラ騒動で話題となった当人同士だから、両ルーム長ともふたりのやり取りをハラハラしながら見守っていた。  希久美にしてみれば、復讐が進行している安心感か、泰佑を見る目が落ち着いてきた。比較的冷静に彼に接することができることが嬉しかった。過去に遠目でしか見たことのない希久美にとっては、身近に感じての泰佑との共同作業は興味が尽きない。あらためて接してみると、言うことを聞かない泰佑のがんこな気質に驚いたが、彼の仕事には満足していた。社内でどんなに口論しても、客の前では余計な発言は一切しない。リーダーの希久美を立てて見事な副官ぶりを務めている。クライアント先での会議でこんなことがあった。昼食後で腹が膨れたクライアント達が、地方公務員にありがちなだれきった態で、企画を説明する希久美を前にしながらも、居眠りを始めたことがある。希久美は不快感を覚えながらも仕方なく説明を続けていると、突然泰佑が席から弾けるように大声を出して立ちあがったのだ。 「あっ、すみません!」  泰佑が自分のグラスを倒し、氷とアイスコーヒーがテーブルの上にぶちまけられている。 「不器用なもので…。本当にすみません。」  と言いながら慌ててコーヒーを拭く泰佑に、クライアント達が失笑する。 「失礼しました。では、気を取り直してご説明を続けさせていただきます。」  希久美が説明を再開すると、今まで舟を漕いでいた連中が、見事に目を覚まし希久美の説明に聞き入るようになっていた。泰佑の失態が実は意図的なものであったことは、希久美も察っすることができた。
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