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「靴返してほしければ、ここまでおいで。」
靴を指先にぶら下げながら、泰佑は砂丘の奥へと進んでいく。追い掛けて靴を取り戻そうとする希久美。靴を奪い返される寸前のところで逃れる泰佑。やがてふたりは、砂丘の小高い丘にやってきた。
「もうお前なんか切ってやる。いい、今この場で靴を返さなかったら、本当にセクハラで訴えるから覚悟しろよ。」
怒りも頂点に達した希久美が、最後通牒を泰佑に付きつけるが、彼は構いもせず、丘から遠い海を眺めている。
「いい風だなぁ…。」
「馬鹿野郎!」
希久美は、ついに泰佑に殴りかかった。強く固めたこぶしで泰佑の胸板を強く叩くが、泰佑はびくともしない。泰佑のすねを蹴り上げるが、素足の蹴りは泰佑に何の効果もなかった。殴り、蹴り、やがて息も上がり、ついには足がもつれて、砂の上にへたり込む。あぁ、やばい。また涙が出そうだ。
「ああ?また泣くのか?」
「うるさいわね!」
「オキクも不思議なやつだなぁ。エロ部長のセクハラにはまったく動じないのに…。」
確かに、最近なんでこんなに泣き虫になってしまったんだろう。この馬鹿野郎のせいだ。希久美は泰佑を見上げた。何事もなかったように、目の上で手をかざし遠くを眺めている泰佑を見て、希久美は息を飲んだ。スーツを風になびかせて、青い空を背景した彼の凛とした立ち姿は、希久美に言葉を飲み込ませるに十分な力を持っていた。しばらくして、泰佑が口を開いた。
「空と海と台地。生きるには、これだけで十分だよな…。」
「ちっ、何バカなこと言ってるの!私は靴とスマホがなければ、生きられないのよ!すぐ返して!」
「百歩譲ってだな、これ以外に必要なものがあるなら言ってみろ。」
「だから、言ってるでしょ。あたしには…」
「靴とスマホ以外でだ。」
泰佑は澄んだ眼差しで希久美に問いかけた。
「えっ?ああ…。強いて言えば、肌が焼けるのが嫌だから日陰が欲しいわ。」
「俗人め…。」
泰佑はそう言うと、足元の砂をかき分け始める。
「何しているの?」
奇行を慌てて止めに入る希久美に構わず、泰佑は砂を掘り進め、そして一対のパラソルを掘りだした。
「えっ、なんで?」
砂の中から掘り出されたて驚く希久美の足元に、泰佑はパラソルを開いて差し込んだ。
「気付いている人は少ないが、砂の中には、欲しいものがすべて埋まっている。」
「ドラえもんのポケットじゃあるまいし、バカバカしい…。」
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