オキクの復讐

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 泰佑は、昨夜ホテルで別れてから、県と交渉し、さらにこれだけのものをこの砂丘に埋めたのだろうか。希久美は今まで、どの男からもこんな手の込んだセッティングをしてもらった記憶がない。泰佑の言う通り、サングラスをして写真集を膝に置くと、風の音が聞こえた。目の前に広がる本物の砂丘がサングラスを通してモノクロの世界になる。もともと植田正治の写真は、鳥取砂丘を背景にしてモチーフを撮ったモノクロの世界だ。本物と写真の世界を見比べると、ふたつの世界が融合して頭の中で新しいイメージが広がる。カシスソーダを口に含み、砂丘の風に身をまかせると、自然と湧き出てくる空想の絵画が青い空に描かれていった。やがて希久美は、空想に満ちたゆたやかな眠りにおちていった。  どのくらい時が経ったろうか。希久美は泰佑の声で起こされた。 「おいオキク。」  デッキチェアで希久美が目を覚ますと、泰佑がびっくりするほど近くに顔を寄せていた。 「何よ!」  あわててとび起きる希久美に、泰佑が靴とスマホを差し出した。 「時間だ。さっきの入口わかるな。そこでタクシーが待っているから。」 「あれ、泰佑はどうするの?」 「まだやることがあるから次の便で帰る。」  なんで同じ便で帰らないのか。不思議に思いながらも、希久美はタクシーが待つ場所まで歩いた。振り返って見ると、泰佑がドタバタとパラソルやいすを片付けている姿が見える。考えてみれば、備品を国立公園に置きっぱなしにできないし、終了の挨拶も管理事務所にしなければならないはずだ。なんだ、それで時間がかかるから便を遅らせたんだ。そう思い当たると、あらためてそんな苦労までして演出する泰佑の馬鹿さ加減に呆れる希久美だった。  希久美は空港へ急ぐタクシーの席に落ち着くと、寝入った姿を泰佑に見られてしまった不覚を悔やんだ。でもあいつ、やり方は少々強引だが、仕事以外の部分ではじめて自分に思いやりを示してくれた。どうやら、より親しい友達になるステップは達成したのかもしれない。しかし、なんであたしの顔にあんなに近づいていたんだろうか?寝ているあたしの顔を見ていたんだろうか?  テレサとモールにショッピングに出ていたナミの足に、突然女の子が抱きついてきた。驚いてナミが声を上げると、女の子は大きな声で笑った。 「あらっ、ユカちゃんじゃない!久しぶりね。」  すぐにユカを呼ぶ男性の声が、追ってきた。
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