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「ユカ!ひとりでいっちゃだめだ。」
ユカを親しそうに抱き上げるナミを、テレサも男性も驚いて見ていた。
「その子、誰なの?」
テレサの問いに答えず、ナミはユカを抱いてくるくる回る。ユカは一層楽しそうな声で笑った。
「あの…いい加減、ユカを返してもらえませんか?」
ナミは、ユカを抱いたまま男性を見た。男性の抗議の言葉に、それでもユカを降ろさなかったのは、声の主が石嶋ではなかったからだ。
「私は、ユカちゃんの主治医の荒木と言います。失礼ですが、あなたはユカちゃんのパパではありませんよね。」
ユカを抱いたまま疑わしそうな目で見られた男性は、不愉快な口調で言った。
「ユカのパパに頼まれて預かっているんです。」
「そうですか…。ちなみにユカちゃんがパパをなんて呼んでいるか知っていますか?」
「ちょっと、ナミ。やめなさいよ。失礼でしょ。」
なおも食い下がるナミをテレサがいさめる。しかし、ナミはいっこうにユカを降ろそうとしない。男性は、明らかに気分を害したようだった。
「先生が自分を誘拐犯と疑っていることはよくわかりました。ユカのパパの電話番号を言いますから、ご自身でご確認ください。」
男性は石嶋の携帯電話の番号をナミに告げた。
「ええ、先生。彼の言う通りです。そいつは昔からの親友ですから、安心してください。ご心配かけてすみません。」
電話を切った石嶋は、ナミからの電話を喜んだ。早速着信番号を登録する。思いがけないところでナミの携帯番号をゲットできた。いそいそと携帯電話をいじる石嶋に、希久美が声をかけた。
「おうちで何かあったんですか?」
「いえ、別にたいしたことありません。」
今はユカのことを知られたくなかった石嶋は、電話の内容について口を濁し、急いで話題を変えた。
「ところで、青沼さんはすごいですね。」
「何がですか?」
「今日のデートプランですよ。」
「あら、女性の私が差し出がましかったかしら?いつもお任せするばかりで、申し訳なくて…。」
「いや、映画、食事、散策、お茶と、一度も待つことなく、迷うこともなく。その場の思いつきで歩いていないことが、よくわかります。」
「ツアーの企画旅行みたいで、詰め込み過ぎかしら?」
「とんでもない。それでいて流れに無理がなくて自然だから驚いているんです。」
「どうも、先が見えないと不安な性分なんで…。可愛げがなくてごめんなさい。」
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