オキクの復讐

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「そんなに恐がらなくても、家に居れば安心ですよ。」 「怖いものは怖いんですよ。わっ、また光った!キャー!」  さきほどのけ者にされた石嶋は、かたき討ちとばかりに、震えて抱き合うふたりを意地悪な笑みを浮かべて眺めていた。やがて、さすがにふたりが可哀想になったのか、小さなライトを持ち出してくると、部屋の明かりを消して、覆いかぶさるようにふたりの肩を抱き、布団を頭からすっぽりとかぶった。突然の石嶋の乱入に驚くふたり。布団の中で、ユカとナミとそして石嶋の顔が、間近にスモールライトに浮き上がる。 「今は亡くなった母ですが、やっぱり雷が嫌いでしてね。その母にならったおまじないですよ。こうしながら呪文を言うと怖くなくなるんです。」  ユカはもう満面の笑顔。しかし石嶋に肩を抱かれたナミは、もう雷どころの話ではない。ユカの熱が移ったように顔が火照ってきた。 「さあ、ユカもナミ先生もヒロパパについて言ってごらん。ポンポコリンノパンポコリン。」 「ポンポコリンノパンポコリン。」 「パンポコリンノピンポコリン。」  パ行が変化していく奇妙な呪文。ユカは先程の熱がどこかへ飛んで行ってしまったようにはしゃいだ。ユカを抱くナミ。ナミとユカを抱く石嶋。ペンライトで照らしだされた布団の中は、ユカとナミとヒロパパだけの世界になったようだ。  実はナミは男性とひとつ布団の中にはいった経験がない。医師になるための勉強に励むあまり、恋愛経験もないままここまで来てしまったナミにとっては、ユカがいるとは言え、石嶋と頬も触れんばかりに、身体を寄せ合うこのおまじないはあまりにも刺激が強すぎた。うぶな少女のように、顔を赤らめ鼓動を高める自分を見られて、この年でまだ処女であることが彼にバレてしまわないかと不安になった。しかし、この場で布団を撥ね退け、石嶋の腕を振り切る力は湧かない。ナミは布団の中で一緒に呪文を唱えながら、石嶋の温かい体温、そして安心感を与える香りに包まれて、溶けそうになっていく自分がわかった。男ってこんなにも甘美でたくましいものなのか。ナミは生涯で初めて、雷がいつまでも鳴っていて欲しいと願った。 「雷の音が小さくなったね。」
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